矢野事件

矢野事件：日本におけるセクハラ問題の転換点

矢野事件とは、1993年に京都大学東南アジア研究センター（現・東南アジア地域研究研究所）所長であった矢野暢教授（1936-1999）が起こしたセクシャルハラスメント事件、およびそれに関連する一連の事件・訴訟の総称です。

事件の概要

1993年、矢野教授がセンター職員の妹を秘書として採用しようとした際、面接と称してホテルのラウンジに呼び出し、「秘書の仕事には添い寝も含まれる」などと発言。拒否すれば姉を辞めさせると脅迫しました。この件をセンター職員である姉が抗議したことで、矢野は謝罪の念書を提出しましたが、その後も秘書らに対するセクハラ行為を繰り返し、複数の秘書が辞職する事態となりました。非常勤職員の一人は、センター事務長にセクハラ被害を訴え、退職を申し出ました。

これらの状況を知ったセンター助手が質問状を提出したことで、セクハラ疑惑が公になりました。同時期、過去に矢野から性暴力被害を受けたと訴える女性からの電話もあり、事態は深刻化しました。

センターは改善委員会を設置し、矢野の所長辞任で事態の収拾を図ろうとしましたが、具体的なペナルティがないことに危機感を抱いた被害者女性が、弁護士に相談のうえ文部大臣宛に質問状を提出。また、「甲野乙子」名義で京都弁護士会人権擁護委員会に人権救済を申し立てました。矢野は12月31日付で京都大学を辞職しました。

事件後の動きと裁判

事件後、新聞に掲載された野田正彰の文章に対し、小野和子が反論を寄稿。さらに河上倫逸がこれに反論するなど、論争が展開されました。

矢野は、文部大臣に対する辞職承認処分の取り消しを求める行政訴訟、および名誉毀損を理由とした慰謝料請求の民事訴訟を起こしましたが、いずれも棄却されました。

甲野乙子事件

1982年、大学3年生であった甲野乙子は、非常勤講師であった矢野の講義に出席後、矢野から大阪市内のホテルに誘われました。そこで性的暴行を受け、その後も研究室での勤務中に性的関係を強要されました。甲野は長年苦しみましたが、他のアルバイトも同様の被害を受けていることを知り、夫に告白し、退職しました。

A子事件

1992年12月、A子はセンター勤務の姉を通じて矢野から秘書採用の誘いを受けました。面接の際、矢野は「添い寝をしてさしあげましょうとか言わなければいけない」などと発言。A子が辞退を申し出ると、姉の解雇を示唆しました。その後、矢野は謝罪の念書を提出しましたが、「セクハラ」の文言は盛り込まれませんでした。

B子・C子事件

1993年4月、矢野は出張先のホテルで、秘書のB子とC子に抱きつき、着衣を脱がそうとしました。両名とも拒否し、B子は退職しました。

D子事件

1993年6月、矢野はホテルのエレベーター内で非常勤職員D子に抱きつきました。D子はセクハラを訴え、辞職しました。

改善委員会の設置とその後

相次ぐセクハラ事件を受け、センター職員らは真相究明を求め質問状を提出。改善委員会が設置されましたが、矢野の所長辞任のみで事態を収拾しようとする動きに対し、米澤真理子助手らが反発。弁護士と相談し、文部大臣宛に質問書を送付しました。

人権救済の申し立て

甲野は、センター側の対応に不満を抱き、弁護士を通じて京都弁護士会人権擁護委員会に人権救済を申し立てました。

矢野の辞職とその後

矢野はスウェーデン出張後、教授職を辞任し出家。しかし、東福寺に匿われたことが批判を浴び、寺を去りました。その後、『AERA』のインタビューでセクハラ疑惑を否定しました。

小野和子の手記と裁判

小野和子は、矢野事件に関する新聞記事に対し、女性の人権感覚の重要性を訴える手記を寄稿。これに対し河上倫逸が反論するなど、議論が巻き起こりました。矢野は小野を名誉毀損で訴えましたが、裁判所は請求を棄却しました。

事件の影響

矢野事件は、京都大学におけるセクハラ対策の遅れを浮き彫りにし、大学側に相談窓口の設置などの対応を促しました。また、この事件を契機に、大学におけるセクハラの実態調査が行われるようになりました。

矢野事件は、日本におけるセクハラ問題が社会的に認知され、対策が進むきっかけとなった重要な事件として、記憶されるべきでしょう。

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