矢野道雄

矢野 道雄（やの みちお、1944年6月 - ）は、日本の著名な数学者、インド数学史およびインド占星術の研究者であり、京都産業大学名誉教授を務める。古代インド文明における科学や思想の発展過程を、精緻な文献研究と原典の翻訳を通して明らかにしてきた第一人者である。京都府福知山市に生まれ、学問への道を歩み始めた。

京都大学文学部で印度哲学を専攻し、1967年に卒業。さらに同大学院の梵語梵文学博士課程に進み、1972年にこれを中途退学した。大学院ではインド学と科学史を専門とし、特に科学史研究の大家である薮内清氏に師事したことは、その後の研究活動に決定的な影響を与えたと考えられる。古代インドの文献を深く読み解き、彼らの世界観や知識体系、特に科学技術に関する知見を探求することを研究の中心に据えた。天文学、数学、占星術といった分野におけるインド古来の知恵が、どのように発展し、また異文化と交流しながら変容していったのかを歴史的な視点から詳細に研究した。

教育者としてのキャリアは、1973年に京都産業大学教養部の講師として始まる。その後、1977年に助教授に昇任。1979年には新設された国際言語科学研究所の助教授に異動し、研究教育環境を移した。1984年には同研究所の教授となり、さらに第9代所長を務めるなど、大学の研究教育体制の発展にも貢献した。2000年には文化学部教授に配置換えとなり、専門分野を活かした教育研究を継続。2010年4月に定年を迎えた後も、特任教授として教鞭を執り、後進の指導にあたった。2015年4月に大学を完全に退職し、長年の功績を称えられ名誉教授の称号を授与された。

矢野氏の研究は、古代インドの占星術文献に特に深く切り込んでいる。1996年に京都大学から文学博士号を授与された際の学位論文は、「クーシュヤールの占星術書写本の校訂研究」というテーマであり、これは氏がこの分野で達成した学術的貢献の大きさを示すものである。氏の研究対象は広範にわたり、インド固有の数学体系や天文学理論、そしてそれが占星術といかに結びついていたかなど、多角的な視点から古代インドの知的遺産を解明しようと試みた。単に過去の文献を解説するにとどまらず、現存する写本を校訂し、より正確な形で原典の内容を復元・翻訳する作業は、その後の研究のための貴重な基盤を築くものであった。

その研究成果は、多くの著作として結実している。代表的な単著としては、宿曜道とインド占星術の関係を探った『密教占星術』（1986年／増補改訂版2013年）、インドの暦と占いの文化を論じた『占星術師たちのインド』（1992年）、文化交流史の視点から星占いを捉えた『星占いの文化交流史』（2004年／新装版2019年）、そしてIT大国インドの源流としての数学に迫る『インド数学の発想』（2011年）などが挙げられる。これらの著作は、専門分野における深い知見を、専門家だけでなく一般の読者にも分かりやすい形で伝える試みであり、古代インド文明への関心を広げる役割を果たした。

また、重要な原典の翻訳や共同研究にも数多く携わっている。インドの天文学と数学の精髄を集めた『インド天文学・数学集』（1980年）、古代インド医学の根本聖典である『インド医学概論 チャラカ・サンヒター』（1988年）の訳注・解説は、それぞれの分野の研究者にとって不可欠な基礎資料となった。さらに、科学史の古典であるO・ノイゲバウアーの『古代の精密科学』（斎藤潔氏と共訳注、1984年）の翻訳は、世界の科学史研究の成果を日本に紹介する上で重要な貢献であった。旧版も存在したインド古典医学書の大著『スシュルタ本集』（大地原誠玄訳）の校訂・解説（山下勤氏と共同、1993-94年）や、古代インドの前兆占いの集大成であるヴァラーハミヒラの『占術大集成』（杉田瑞枝氏と共訳注・解説、1995年）など、多岐にわたる分野の文献に取り組んでいる。楠葉隆徳氏、林隆夫氏との共著『インド数学研究』（1997年）は、インドの数学史に関する共同研究の成果を示している。

矢野道雄氏の長年にわたる研究活動は、古代インドの科学、特に天文学、数学、占星術に関する日本における理解を飛躍的に深めた。原典に忠実な文献研究と、その知識を現代に伝えるための分かりやすい著作・翻訳活動を通じて、氏の功績は今後も高く評価されるであろう。

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