石見銀山街道

石見銀山街道：銀を運んだ歴史の道

石見銀山街道は、かつて石見銀山で産出された銀鉱石や銀地金を港まで輸送するために利用された道々の総称です。この街道は「銀の道」とも呼ばれ、銀の輸送だけでなく、人や物資の交流、文化の伝播にも重要な役割を果たしました。

街道の概要

石見銀山街道は、銀山の中心地である大森（現島根県大田市）を起点として、以下の4つの主要なルートが存在したとされています。

1. 鞆ヶ浦道: 大森から鞆ヶ浦（大田市）へ至る道。
2. 温泉津・沖泊道: 大森から温泉津、沖泊（大田市）へ至る道。
3. 尾道道: 大森から尾道（広島県尾道市）へ至る道。
4. 笠岡道: 尾道道から分岐し、笠岡（岡山県笠岡市）へ至る道。

これらのうち、鞆ヶ浦道と温泉津・沖泊道は、世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」の構成資産として登録されており、「石見銀山街道鞆ヶ浦道」「石見銀山街道温泉津・沖泊道」という名称で知られています。尾道へ至る道は「尾道道」、笠岡へ至る道は「笠岡道」または「上下・府中・福山道」と呼ばれています。

街道沿いは、現在では3県10市町にまたがっており、当時の面影を残しつつも、多くの部分が様変わりしています。しかし、一部は古道として残り、文化財や観光資源として再整備されています。

沿革

銀を運ぶ道として整備された順番は以下の通りです。

鞆ヶ浦道: 16世紀前半に博多へ銀を運ぶために利用。総延長は約7.5km。
温泉津沖泊道: 16世紀後半に銀の積み出しと銀山への物資補給のために利用。総延長約12km。
尾道道: 17世紀以降に銀座へ銀を運ぶために利用。総延長は約130km。

中世

1526年、博多商人の神屋寿禎が銀山を発見し開発したことをきっかけに、銀の輸送が始まりました。当初は、鞆ヶ浦や古龍といった天然の良港が利用されましたが、灰吹法の導入によって銀の産出量が増加すると、より大きな港が必要となり、沖泊も使われるようになりました。

この時代、銀山の支配権は、大内氏、小笠原氏、尼子氏、毛利氏と次々と移り変わり、その中で山吹城や鵜丸城といった城が築かれ、対立の中で戦いも起こりました。

1562年に毛利氏が銀山を完全に支配すると、港は温泉津へと移り、鞆ヶ浦道の利用は減少したと推定されています。

近世

1600年の関ヶ原の戦いの後、銀山は徳川氏が占有し、1601年には大久保長安が銀山奉行として着任しました。産出された銀は伏見銀座（のち京都銀座）へ運ばれ、貨幣に加工されるようになりました。海路は季節風の影響を受けるため、より安全な陸路が選ばれ、尾道への道が整備されました。

尾道道は、1601年頃から1600年代前半にかけて整備されたと推定され、尾道からは船で銀座まで銀が運ばれました。尾道への輸送は幕末まで続きました。

笠岡への道も存在しましたが、確証が得られる史料は少なく、笠岡道は石見銀山街道のルートに含まれないとする資料もあります。しかし、笠岡道沿いの宿駅である上下宿は天領であり、銀山からの銀を元手とした金融業が行われていたことから、銀が運ばれていた可能性も指摘されています。

文化財

1995年、石見銀山の世界遺産登録を目指す動きが始まり、鞆ヶ浦道と温泉津沖泊道の調査が進められましたが、そのルート解明には困難を極めました。2000年には石見銀山ガイドの会が結成され、銀山街道のガイドツアーも展開されるようになりました。

2007年の世界遺産登録や日本風景街道登録などを経て、沿道の地域では銀山街道を活かした地域活性化が進められています。

各街道の詳細

鞆ヶ浦道

古龍も鞆ヶ浦と同様に、初期には銀の輸送に利用されましたが、安土桃山時代以降は使われなくなりました。古龍へ向かう道は、「古龍を守る会」などの活動により復旧されています。

温泉津沖泊道

この道は銀の積み出しと物資の補給に利用され、やなしお道、半駄が峡などの難所も存在しました。やなしお道は、南北朝時代には山陰と山陽を結ぶ道として利用され、銀山運用時代には木炭を供給する村々が指定されました。

尾道道

尾道までの約130kmを3泊4日で運んだとされ、沿道には九日市宿、三次宿、甲山宿などの宿場がありました。

やなしお道：温泉津沖泊道から分岐する道で、歴史の道百選にも選ばれています。多数の遺構が残っています。
半駄が峡: 牛馬が積荷の半分を降ろさないと超えられなかったとされる難所。現在は立ち入り禁止となっています。
森原古道: 島根県のほ場整備事業の際に銀山街道の路盤が発見されました。
古市の古道: 一里塚跡や地蔵など当時の様子が残る古道。
赤名峠: 古代から重要な交通路。島根県側と広島県側で異なる様相を示しています。

笠岡道

笠岡道は尾道道から分岐し、宇賀から府中、府中から笠岡へと続いています。神辺から笠岡への道は、複数のルートが存在したと考えられています。

運搬

中世（日本海側）

当時の運搬状況の記録は残っていませんが、通行安全や病気平癒を祈った石碑・石仏が点在しています。1539年の豪雨によって、温泉津沖泊道の一部が通行不能になったと推定されています。

近世（瀬戸内海側）

銀は、大森の御銀蔵に集められ、毎年11月下旬から12月にかけて、3泊4日の行程で尾道へ運ばれました。運搬には厳重な規則が設けられ、250〜300頭の馬と400人もの人員が動員されました。宿場では、運上奉行らが到着を待ち、接待や警備が行われました。難所も多く、赤名では助郷の改善を求める訴えがあった記録も残っています。

路面

古道では、土橋や石畳などが残っており、版築という工法で路面が整備されていたことがわかっています。尾道・笠岡道は幅約2.1mで整備され、やなしお道や森原古道の発掘調査によって、その詳細が明らかになりました。

伝播

街道沿いでは、石州瓦が広く用いられ、広島県北部ではサメの刺し身を食べる文化が伝わりました。また、同じ伝承を持つ岩が点在しており、文化が伝播したことを示しています。

まとめ

石見銀山街道は、単なる銀の輸送路としてだけでなく、文化や経済の交流にも重要な役割を果たしました。その歴史を今に伝える道々は、文化財や観光資源として、地域の人々によって大切に守り継がれています。

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