石野良純

石野良純（いしの よしずみ）

石野良純氏は、1957年生まれの日本の分子生物学者であり、薬学博士の学位を持っています。九州大学名誉教授として知られ、生命科学の分野、特に遺伝子研究において重要な功績を残しました。世界中の研究者から「ミスター・クリスパー」の異名で呼ばれる石野氏の発見は、後の革新的な技術開発に大きく貢献しました。

京都府京都市で生まれた石野氏は、父親の転勤に伴い和歌山県新宮市、京都府亀岡市、大阪府吹田市で少年時代を過ごしました。大阪府立茨木高等学校を卒業後、大阪大学薬学部へ進学。大学院薬学研究科前期課程を修了し、博士号を取得しています。

生命科学への興味は、大阪で育った経験に根差しています。1970年に地元で開催された大阪万博に度々訪れ、日本の経済発展や科学技術の進歩を肌で感じたことが、将来の道を考えるきっかけの一つとなりました。特に、高校時代に生物の教科書で見たDNAの二重螺旋構造の美しさに魅せられ、これが生命現象の探求へと駆り立てる原動力となったと語っています。

大阪大学の大学院生時代、石野氏は中田篤男教授（現・大阪大学名誉教授）の指導の下、主に大腸菌の酵素に関する研究に取り組みました。当時の研究は、細菌のDNA塩基配列を網羅的に解析するという、極めて根気のいる作業の連続でした。石野氏が配列を読み上げ、教授がコンピューターに入力するという共同作業を通じて、日々の研究が進められました。こうした地道な探索の過程で、石野氏は大腸菌のゲノム内に存在する、特定の塩基配列（CGGTTTAなど）が規則正しく繰り返される、それまで知られていなかった特徴的な構造があることに気づきます。最大で5回もの繰り返しが見られるこの配列は、その機能や意義が当時の研究段階では全く不明なものでした。

石野氏を含む中田研究室のチームは、1987年に酵素「IAP」に関する研究成果を論文として発表します。この論文の片隅で、石野氏が発見したDNA中の奇妙な繰り返し配列についても言及されました。この発見は、1990年代に入りDNA解析技術が飛躍的に進歩する中で、世界中の様々な細菌を対象とした集中的な解析・研究の対象となり、「CRISPR（Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats）」と名付けられました。

CRISPR配列の発見は、その後の研究に大きな波紋を投げかけました。2000年代になると、スペイン・アリカンテ大学のフランシスコ・モヒカ氏らによって、このCRISPR配列がバクテリアの獲得免疫システムと深く関連していることが明らかになります。さらに研究が進み、この免疫システムが持つ「外来DNAを切断する」仕組みが、人工的に遺伝子を切断・改変するための技術として応用可能であることが示唆されました。そして、2012年、ジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏によって、この仕組みを応用した革新的なゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」が開発されたのです。

CRISPR-Cas9は、狙った遺伝子を正確に切断し、遺伝情報の改変を可能にする、生命科学史上のブレークスルーとなりました。この技術開発を主導したダウドナ氏とシャルパンティエ氏は、CRISPR-Cas9が標的DNA配列へと誘導される仕組みなど、関連する原理の解明において、石野氏が初期に発見・報告したCRISPR配列に関する知見が重要な基盤となっていることを認めています。

しかし、CRISPRの発見者である石野氏自身は、1987年の論文発表後、イェール大学のディーター・ゼル研究室へ移り、大阪大学時代の酵素研究から離れて新たな研究テーマに取り組んでいました。このイェール大学での研究は1989年まで続きました。

その後、2002年に九州大学の教授に就任し、再び研究活動に邁進します。主として核酸関連酵素や蛋白質の機能構造解析とその応用研究に従事しました。2013年10月以降は、NASA宇宙生物学研究所（NAI）やイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のメンバーとしても活動し、国際的な研究連携にも貢献しています。

石野氏の功績は国内外で高く評価されており、2013年には極限環境生物学会のPoster Awardを受賞。2017年には第1回日本医療研究開発大賞 文部科学大臣賞、2018年には日本農芸化学会賞、そして2022年には木原賞を受賞しています。

CRISPR配列の初期発見という、一見地味ながらも極めて重要な第一歩を踏み出した石野氏の研究は、その後の世界の生命科学研究の流れを大きく変え、ゲノム編集という現代医療やバイオテクノロジーの基盤となる技術開発に不可欠な礎となりました。その業績は、科学史において極めて高い価値を持つものです。

略歴
1957年：誕生
1981年：大阪大学薬学部卒業（学士）
1983年：大阪大学大学院薬学研究科前期課程修了（修士、微生物病研究所所属）
1986年：大阪大学にて薬学博士号取得
1987年：CRISPR配列に関する論文発表、イェール大学へ赴任
1989年：イェール大学での研究終了
2002年：九州大学教授に就任
2013年10月：NASA宇宙生物学研究所、イリノイ大学メンバー

主な受賞
2013年：Poster Award (極限環境生物学会)
2017年：第1回日本医療研究開発大賞 文部科学大臣賞
2018年：日本農芸化学会賞
2022年：木原賞

研究分野
核酸関連酵素・蛋白質の機能構造解析とその応用
原核生物の分子生物学

所属
九州大学 名誉教授
NASA宇宙生物学研究所 (NAI) (メンバー)
* イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 (メンバー)

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