神明裁判

神明裁判：神意による裁きの歴史と終焉

神明裁判とは、神意を借りて事件の真偽や罪の有無を判断する、古代から中世にかけて世界各地で行われていた裁判方法です。ヨーロッパでは神判（Trial by ordeal）、日本では盟[[神探湯]]などと呼ばれ、地域や宗教によって具体的な方法は多様でした。現代の法制度とは全く異なるこの裁判方法は、どのように行われ、どのような批判を受け、最終的に廃止されるに至ったのでしょうか？

西洋における神判：神の奇跡への信頼

中世ヨーロッパでは、警察や検察といった現代的な捜査機関はほとんど存在せず、有罪無罪の判断は限られた手段に頼っていました。神判はその一つで、神の奇跡によって真実を明らかにすると信じられ、民衆から広く支持されていました。

神判は、単なる刑事裁判だけでなく、政治的な駆け引きにも利用されました。王が嫌疑をかけた者に対し、あるいは逆に疑いをかけられた者が自ら神判を申し出ることで、神の裁きによって自身の立場を強化しようとする試みも見られました。

裁判の流れは、原告が被告を裁判集会に呼び出すことから始まりました。現代のような裁判長による召喚手続きはなく、原告とその関係者によって被告は裁判に臨みました。被告は原告の主張を認めれば、その時点で裁判は終了しました。しかし主張を否定する場合は、雪冤宣誓（後に詳述）や神判を受けなければなりませんでした。神判の結果に基づき、判決発見人が判決を提案し、裁判集会の人々が賛同すれば判決が確定しました。勝訴者は贖罪金を得られるものの、それを回収する方法は、当事者間の力関係に委ねられていました。

神判の種類は多様で、水や鉄を用いた試練などが行われていました。キリスト教聖職者が清めの儀式を行い、神への祈りを捧げる厳粛な儀式でしたが、具体的な方法は地域によって統一されていませんでした。

神判の適用範囲は、証拠が乏しく無罪を証明できない場合に多く、特に身分の低い者、評判が悪い者、性犯罪や異端の疑いのある者などに用いられました。一方、市民権を持つ都市民や貴族は神判を免除されることも多く、その場合は雪冤宣誓や決闘といった別の方法が用いられることがありました。

雪冤宣誓は、12人の仲間が被告の人格を保証し、正直であると誓うもので、現代の証言とは異なります。決闘は、一対一の決闘を行い、勝者方が勝訴するというものでした。

神判はフランク族の風習に起源を持つと考えられ、8～9世紀ごろから史料に多く見られるようになります。キリスト教の布教と伴ってヨーロッパ各地、そして東欧やロシアにまで広がっていきました。

神判への批判と廃止

神判は聖書や教会の教義に根拠がなく、その正当性を疑問視する声は常にありました。しかし、神判批判の中心は知識層である聖職者たちでした。

9世紀のアゴバールや12世紀のペトルス・カントールなどは、神判の曖昧さと不公平性を批判しました。アゴバールは、神の裁きは隠されたものであり、必ずしも善人が報われ、悪人が罰せられるとは限らないことを指摘しました。また、ペトルス・カントールは、神判が苦痛を伴うために、冤罪を生む危険性があることを指摘しました。さらに、地域によって手続きや口上が異なること、つまり統一的な基準がないことも批判の対象となりました。

13世紀頃には、スコラ学の発展により合理的な思考が台頭し、自然現象を神の「みわざ」ではなく科学的に説明しようとする動きが高まりました。神判は、このような合理主義的思考とは相容れない野蛮な風習として次第に批判の的となっていきました。

1215年のラテラン公会議で、教皇インノケンティウス3世は聖職者が神判に関わることを禁じました。このことが契機となり、神判はヨーロッパ各地で衰退していきました。1231年には神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世も神判を禁止しました。しかし、ドイツなど一部地域では、聖職者による神判が根強く残った地域もありました。

神判の廃止は、キリスト教の罪と刑法上の犯罪の分離、聖と俗の分離、そして刑事法と民事法の分離といった法制史上の大きな転換点となりました。

神判の廃止後、犯人特定には拷問が広く用いられるようになりました。拷問は効果的ではありましたが、冤罪を生む危険性も孕んでいました。

神判の存在意義：多様な立場からの必要性

科学捜査が存在しない時代において、神判は事件解決のための現実的な手段の一つでした。

キリスト教にとって、神判は布教の有力なツールでした。聖職者が神判を主宰することで、教会は社会的な影響力を行使し、キリスト教の正しさを示すことができたのです。

世俗の支配者たちは、神判を政治的な道具として利用しました。神判の場をコントロールすることで、権威を示し、政敵を陥れることもありました。

民衆は、合理主義的な思考が未発達であったため、神判を神の意志による正当な裁きと信じていました。神判は、単なる裁判手続きだけでなく、人々にとって大きなイベントでもありました。

神判は雪冤宣誓への不満を解消する手段でもありました。特に、貴族階級による集団的な犯罪に対しては、神判の方が雪冤宣誓よりも公正だと考えられていました。

日本における神明裁判

日本では、盟[[神探湯]]（くがたち）が知られています。熱湯や蛇を用いた試練などが行われ、『隋書』倭国伝にもその記録が残っています。

鎌倉幕府では、参籠起請という神明裁判が行われました。被疑者は神社に参籠し、その期間に自身や家族に異変が起こるか否かで判断されました。また、落書起請、湯起請、火起請などの方法もありました。

アイヌ社会にも、日本の盟[[神探湯]]に類似した「サイモン」が存在し、熱湯や熱鉄を使った試練が行われていました。琉球やアフリカ、アジアなどでも、様々な方法の神明裁判が行われていました。

まとめ

神明裁判は、現代の視点からは非合理的な裁判方法ですが、当時の社会状況や人々の信仰、そして政治的な思惑が複雑に絡み合った結果として成立し、発展し、そして最終的には廃止されていきました。その歴史を理解することは、現代の法制度を考える上で重要な示唆を与えてくれるでしょう。

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