神護寺三像

国宝 神護寺三像：謎に包まれた肖像画の真実

神護寺三像は、京都市にある神護寺が所蔵する国宝に指定された三幅の肖像画です。古くから源頼朝、平重盛、藤原光能の肖像画とされてきましたが、近年では新たな解釈が提示され、その像主や制作年代をめぐって活発な議論が展開されています。

作品概要

三幅の肖像画は、いずれも絹本著色で、サイズは縦143cm、横111.6cm～112.8cmと人物はほぼ等身大で描かれています。絹は一枚ずつ使用され、人物は上畳の上に座り、束帯姿で黒い袍を着用し、冠をかぶり、笏を持ち、太刀を佩用する威儀正しい姿で描かれています。袍の文様や太刀の形状など、細部にもこだわりが見られます。

伝源頼朝像は向かって右斜め、伝平重盛像と伝藤原光能像は向かって左斜めに描かれています。人物の顔には、繊細な筆致で髭、眉、睫毛、髪の生え際などが表現され、特に伝源頼朝像の顔には、淡い朱色の隈取りが施され、立体感が強調されています。伝平重盛像は画面の損傷が多く、伝藤原光能像はやや作風が劣ると評されています。

作者は藤原隆信と伝えられていましたが、近年の研究ではこの説は否定されています。制作年代についても諸説あり、鎌倉時代前期とする従来説に対し、南北朝時代とする新説が有力視されています。

像主と作者をめぐる論争

従来、三像は鎌倉時代前期の似絵の名手、藤原隆信の作とされてきました。その根拠は、南北朝時代に成立した『神護寺略記』の記述や、大英博物館所蔵の源頼朝像（神護寺三像の模写とされる）の存在でした。

しかし、1995年に米倉迪夫氏らによって、三像は足利尊氏、足利直義、足利義詮の肖像画であるとする新説が発表されました。この新説では、三像の衣冠や武具、絵絹の大きさ、画風などを詳細に分析し、鎌倉時代後期から南北朝時代の様式の特徴を指摘しています。また、足利直義が神護寺に肖像画を寄進したとする『足利直義願文』の存在も、新説を支持する重要な証拠となっています。

これに対し、従来説を支持する研究者からは、新説の根拠となる史料解釈や美術史的分析に疑問が呈されています。特に、大英博物館所蔵の源頼朝像は、江戸時代以降に作られた可能性が高いことが指摘されています。

新説の支持と歴史教科書への影響

近年では、米倉氏の説を支持する研究者や歴史学者が増え、新説が定着しつつあります。しかし、美術史家の間では、画風や様式から南北朝時代の作品とすることに抵抗感を持つ研究者もいます。

この論争は、歴史教科書にも影響を与えました。2002年以降、小学校や高等学校の教科書から、神護寺三像を源頼朝の肖像画として掲載するケースが減少しています。

最新の研究動向

黒田日出男氏は、神護寺三像に関する詳細な研究を行い、新たな解釈を提示しています。黒田氏は、足利直義が母の菩提を弔うために、足利尊氏と自身の肖像画を神護寺に奉納したと推測し、三像の制作意図を政治的背景と結び付けて考察しています。また、絵絹の大きさや画風などを詳細に分析し、新説を支持する新たな証拠を示しています。

結論

神護寺三像は、日本中世肖像画の最高傑作の一つであり、その像主や制作年代をめぐる論争は、現在も続いています。従来説と新説、それぞれの論拠を丁寧に検討し、多角的な視点からこの作品を理解することが重要です。今後も新たな研究成果が期待されます。

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