秋田ロケット実験場

秋田ロケット実験場（あきたロケットじっけんじょう）

秋田ロケット実験場は、秋田県由利本荘市（旧・由利郡岩城町）の道川海岸に位置していた、東京大学生産技術研究所が運営するロケット発射実験施設です。所在地にちなみ「道川」と通称されることもありました。日本の宇宙開発の黎明期において、重要な役割を担った歴史的な場所です。

日本初のロケット発射場として

東京大学生産技術研究所の糸川英夫博士率いる研究班は、1955年（昭和30年）に「ペンシルロケット」の研究を開始しました。当初、東京都国分寺や千葉の実験場で水平方向への発射実験を重ね、技術を磨きました。次なる段階として、ロケットを垂直に打ち上げる飛翔実験が計画されます。

当時の日本国内には、広大な砂漠のような実験に適した場所がありませんでした。そのため、海岸から海に向けて打ち上げ、海上に落下させる方法が検討されました。しかし、当時の日本の海岸は米軍の管理下にあり、使用できる場所は限られていました。さらに、船舶や航空機の安全な航行を妨げず、沿岸漁業への影響も最小限に抑える必要があるなど、候補地の選定には多くの制約がありました。

当初候補に挙がった佐渡島は機材の海上輸送が難しく、男鹿半島は十分なスペースがないとして見送られました。現地調査を進める中で、秋田県岩城町の勝手川河口北側に広がる道川海岸が注目されます。海岸の広さに加えて、実験班の宿泊に便利な点も決め手となり、ここに日本で最初のロケット発射場となる「秋田ロケット実験場」が開設されたのです。

ペンシル、ベビー、カッパの開発と実験

秋田での最初の飛翔実験は、全長を300mmに伸ばし発煙剤を搭載した「ペンシル300」を用いて、1955年8月6日に行われました。記念すべき1回目の打ち上げは、カウントダウン終了と同時にロケットが発射台から落ちて砂浜を這い回るという予期せぬ失敗に終わりました。しかし、急遽ロケットの固定方法を改善し、同日中に実施された2回目の実験は見事に成功。ロケットは高度約600mに到達しました。

ペンシルロケットの飛翔実験を終えた後、施設はより大型のロケット開発へと移行します。1955年8月23日からは、全長1.2m、直径80mmの2段式ロケット「ベビーロケット」の実験が始まりました。ベビーロケットには、ペンシルのような光学追跡を行うS型に加え、テレメータ搭載で電磁気追跡が可能なT型や、機器回収を目指したパラシュート実験用のR型がありました。ベビーロケットは同年12月までに13機が打ち上げられ、高度約6kmに到達しました。

1957年からの国際地球観測年（IGY）に向け、文部省は高度100kmまで到達可能な観測ロケットの開発を東京大学に要請します。これを受けて、ペンシル、ベビーで経験を積んだ研究班は、本格的な観測ロケットである「カッパ（K）ロケット」の開発に着手しました。ベビーより大型のカッパ打ち上げのため、発射場は勝手川河口から北に約500m移動しました。1956年9月24日、K-1型が初飛翔し、高度10kmに達します。

カッパの開発は順調な道のりばかりではありませんでしたが、改良が重ねられ、1958年9月にはK-6型が高度60kmに到達。これは当初目標には届きませんでしたが、IGYにおける日本の責務を果たすデータ取得に成功しました。

高度化と新実験場への移転

IGY終了後もカッパロケットの開発は続き、1960年（昭和35年）にはK-8型が高度200kmに到達するまでになりました。しかし、さらなる高度化が進むと、ロケット本体が日本海を越えて大陸や、当時政治的に微妙な関係にあった大韓民国側の海上に落下する危険性が生じました。道川からの打ち上げでは、到達高度300〜350km程度が限界と見なされるようになります。

この頃には在日米軍による海岸の利用制限が緩和されつつあったこともあり、より高い高度を目指すため、ロケットの飛翔方向を太平洋側へ向けられる新しい実験場が必要となりました。糸川英夫博士自らが各地を視察し、約1年をかけて候補地を検討した結果、鹿児島県内之浦（現・肝付町）が選ばれます。1962年（昭和37年）2月、新たな拠点となる「鹿児島宇宙空間観測所」（現・内之浦宇宙空間観測所）の建設が始まりました。

事故、閉鎖、そしてその後

内之浦への移転決定後も、秋田ロケット実験場は東京からの近さや梅雨期間の短さといった地の利を生かし、高度300km未満に限定して実験を続ける計画でした。しかし、1962年5月24日夜、打ち上げられたK-8型10号機が固体燃料推進剤内の亀裂による異常燃焼を起こし、打ち上げ直後に爆発炎上する事故が発生します。幸い死傷者は出ませんでしたが、この事故により地元の協力が得られなくなり、また安全対策にかかる費用が問題となったため、道川でのロケット発射実験は全て中止され、実験場は閉鎖へと追い込まれました。これにより、東京大学によるロケット飛翔実験は全面的に内之浦へ移行することになります。秋田ロケット実験場から東京大学によって打ち上げられたロケットは、1955年から1962年までの間に合計88機に及びました。

東京大学が道川から撤退する際、秋田県は県内に代替となる施設を要望しました。これに応える形で、1962年10月、能代市にロケットモーターの地上燃焼実験施設である「能代ロケット実験場」が開設されています。

東京大学の撤退後、1965年（昭和40年）には航空宇宙技術研究所（NAL、現JAXAの一部）が基礎データ取得のため、NAL-7ロケット計14機の打ち上げ実験を秋田ロケット実験場で行いました。これはNALとして初めての打ち上げ実験であり、同時に秋田ロケット実験場で行われた最後の打ち上げ実験でもありました。NALのその後の実験は種子島宇宙センターへ移管されています。

現在の秋田ロケット実験場跡地には、当時の実験施設は一切残っていません。現在は、岩城町が建立した「日本ロケット発祥記念之碑」が建てられており、日本の宇宙開発最初期の重要な舞台であったこの地の歴史を今に伝えています。

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