種痘所

種痘所の歴史と展開：江戸時代における天然痘との闘い

種痘所は、江戸時代末期に天然痘の予防と治療を目的として設立された医療機関です。特に、1858年に伊東玄朴らによって開設された「お玉ヶ池種痘所」（現在の東京大学医学部の発祥地）は、その後の日本の近代医学の発展に大きな影響を与えました。

種痘の導入と普及

日本における最初の種痘所は、1849年（嘉永2年）に長崎でオランダ商館の医師オットー・モーニッケによって開設されました。佐賀藩は、藩医の伊東玄朴の進言を受け、オランダ商館に痘苗の輸入を依頼。長崎で種痘を行った藩医・楢林宗建によって佐賀藩領に痘苗がもたらされ、藩は種痘事業を積極的に推進しました。

同時期に、長崎の唐通詞・頴川四郎八によって痘苗が京都に送られ、日野鼎哉によって「除痘館」が開設。この動きを知った緒方洪庵も京都で痘苗を入手し、大阪にも除痘館を設立しました。これらの活動は、関西地方における種痘の普及に大きく貢献しました。

福井藩の医師・笠原良策も、藩に種痘導入を働きかけ、藩主の松平春嶽の協力を得て、長崎奉行を通じてオランダ商館に痘苗を要望しました。笠原は京都で種痘を学んだ後、故郷の福井に痘苗を持ち帰り、地域への普及に尽力しました。

江戸における種痘所の設立

江戸では、漢方医らの反対運動により種痘の普及が遅れていましたが、1858年（安政5年）に蘭方医学が解禁されると、状況は大きく変化しました。伊東玄朴や戸塚静海らの蘭方医が幕府の医師に登用されたことを機に、蘭方医たちが集まり、種痘所の設立が計画されました。

幕閣の川路聖謨の協力を得て、神田於玉ヶ池に「お玉ヶ池種痘所」が開設されました。この種痘所は、蘭方医たちの資金拠出によって設立され、幕府の支援も得て、種痘事業を本格的に展開しました。

しかし、種痘所は火災により焼失。その後、仮所を経て再建され、幕府直轄の「西洋医学所」と改名されました。西洋医学所では、緒方洪庵が頭取に就任し、その後も松本良順らがその役割を引き継ぎました。この施設は、後に東京大学医学部の前身となります。

地域における種痘の普及

上野国（群馬県）の舘林では、長澤理玄が種痘法を持ち帰りましたが、当初は住民の抵抗に遭いました。しかし、藩の重臣・岡谷瑳磨介が率先して種痘を受け、その効果を実証したことで、地域住民の間で種痘が広まりました。舘林藩は、藩内の幼児全員に種痘を義務化するほど、種痘の普及に力を入れました。

種痘の公認と課題

種痘が全国に広まるにつれて、無許可で種痘を行う者も現れるようになりました。緒方洪庵らは、除痘館を唯一の公認機関として認めてもらうよう奔走し、1858年に幕府が天然痘予防活動を公認し、牛痘種痘が免許制となりました。これにより、種痘の安全性が確保され、さらなる普及が進みました。

まとめ

種痘所は、日本の医療史において重要な役割を果たしました。天然痘の予防を通じて、多くの命を救い、近代医学の発展に貢献しました。各地の医師たちの尽力と、幕府の支援が、この偉業を成し遂げたといえるでしょう。

参考文献

深瀬泰旦 『天然痘根絶史』 恩文閣出版、2002年9月
古西義麿 『緒形洪庵と大坂の除痘館』 東方出版、2002年12月
小堀直人「館林藩医　長澤理玄考察ー館林牛痘会所ー」2017年 8月

関連項目

感染症
種痘
伊東玄朴
* 大槻俊斎

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