稲荷心経

稲荷心経：稲荷大神への祈りを込めた日本独自の経典

稲荷心経は、日本独自の経典であり、稲荷大神への崇敬の念を込めて読誦されるものです。神仏習合が盛んだった時代に、伏見稲荷大社を中心とした信仰において重要な役割を果たしました。サンスクリット原典を持たず、漢文大蔵経にも収録されていないことから、日本国内で編纂された偽経、いわゆる日本撰述経典に分類されます。

由来と歴史的背景

稲荷心経の起源は、伏見稲荷大社神宮寺の末寺であった愛染寺に遡ります。愛染寺の初代住持である天阿上人が著したとされる『稲荷一流大事』には、稲荷大神への礼拝作法が詳細に記されており、その中で真言、奉献祈祷文、祝詞に続いて稲荷心経が唱えられるとされています。

この経典は、稲荷信仰と神仏習合思想が深く結びついた環境の中で誕生しました。当時の日本社会では、仏教と神道の習合が盛んであり、様々な神々が仏教の仏や菩薩と同一視されることがありました。稲荷心経も、そうした宗教的混淆の中で生まれた経典と言えるでしょう。

特に、経典の最後に唱えられる「オン　キリカク　ソワカ」という真言は、本来は荼枳尼天の真言です。荼枳尼天は、仏教における守護神の一尊であり、日本では稲荷神と習合して信仰されるようになりました。そのため、稲荷心経では荼枳尼天の真言が用いられていると考えられます。

経典の全文と内容

稲荷心経の全文は比較的短く、以下の通りです。

本体真如住空理（ほんたいしんにょじゅうくうり）
寂静安楽無為者（じゃくじょうあんらくむいしゃ）
鏡智慈悲利生故（きょうちじひりしょうこ）
運動去来名荒神（うんどうこうらいみょうこうじん）
今此三界皆是我（こんしさんがいかいぜが）
有其中衆生悉是（うごちゅうしゅうじょうしつぜ）
吾子是法住法位（ごしぜほうじゅうほうい）
世間相常住貪瞋癡之（せけんそうじょうじゅうとんじんちし）
三毒煩悩皆得解脱（さんどくぼんのうかいとくげだつ）
即得解脱（そくとくげだつ）

掲諦掲諦（ぎゃてぃぎゃてぃ）
波羅掲諦（はらぎゃてぃ）
波羅僧掲帝（はらそうぎゃてぃ）
菩提薩婆訶（ぼうぢそわか）

多呪即説呪曰（たしゅそくせつしゅわつ）

オン　キリカク　ソワカ
オン　キリカク　ソワカ
オン　キリカク　ソワカ

内容については、仏教経典に見られるような深遠な教義が含まれているわけではなく、稲荷大神への崇敬と、人々の平安や幸福を祈念する内容となっています。簡潔ながらも、信仰の篤さが感じられる経典です。

稲荷信仰と関連性

稲荷心経は、稲荷信仰と密接に関連しています。稲荷神は、穀物の神、商売繁盛の神として信仰されており、広く日本各地で祀られています。特に伏見稲荷大社は、稲荷信仰の中心地として知られ、多くの参拝者を集めています。

稲荷心経は、伏見稲荷大社において、神事や祭祀の際に読誦されることが多く、稲荷信仰における重要な役割を担ってきました。現代においても、稲荷神社などで読まれている場合があります。

まとめ

稲荷心経は、神仏習合の時代背景の中で生まれた、日本独自の経典です。サンスクリット原典を持たないことから、日本独自の信仰体系の中で生まれた経典と言えます。稲荷大神への崇敬の念が込められた簡潔な経文は、今もなお、多くの人々の信仰を集めています。その歴史的背景や宗教的意義を理解することで、稲荷信仰の一端を垣間見ることができるでしょう。

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