稲葉通邦

稲葉通邦（いなば みちくに）：江戸後期の尾張藩士、卓越した国学者

稲葉通邦は、延享元年（1744年）に尾張藩士である稲葉通経の子として名古屋に生まれました。稲葉家は、稲葉一鉄を祖とし、徳川家康に仕えた稲葉方通から数えて7代目にあたります。通邦は、幼少の頃から学問に励み、宝暦11年（1761年）に家督を相続しました。

有職故実の研究と古流故実伝の継承

通邦は、五味貞之から古流故実伝（五味流）を継承した岡田重定に師事し、有職故実を深く学びました。明和8年（1771年）には免許皆伝を得て、安永5年（1776年）には岡田から後継者に指名され、古流故実伝の師範となりました。この間、彼は有職故実の知識を深め、その研究に大きく貢献しました。

藩の事業への貢献

尾張藩においては、天明6年（1786年）に御書物調御用、寛政2年（1790年）には御図書吟味役という要職に任ぜられ、藩の文化事業に尽力しました。具体的には、『神祇宝典』、『類聚日本紀』の校訂、『張州府志』、『尾陽志略』、『木曾志略』の改定事業を主導しました。これらの事業は、藩の歴史と文化を後世に伝える上で重要な役割を果たしました。

古書の刊行と研究

通邦は、大須の真福寺に所蔵されていた貴重な『将門記』や『和名類聚抄』の影写本を刊行するなど、古書の保存と普及にも貢献しました。また、河村秀根、石原正明、神村正隣らと共に『令集解』の研究を行い、『講令備考』を編纂しました。これらの活動は、文献研究の発展に大きく寄与しました。

『神祇令和解』とその評価

通邦の文献研究における最大の功績として、『神祇令和解』（寛政8年（1796年）著）が挙げられます。この著作は、大宝、養老、延暦の各令文の異同を考証し、神祇令本文をほぼ復旧したもので、当時の律令学研究に大きな影響を与えました。荷田春満、在満、冬満ら羽倉家の律令学と佐藤誠実の『律令考』に始まる現代律令学との間に位置づけられ、その研究は高く評価されています。

実証的研究と遺物復元

通邦は、当時の国学者の中で特に関心が高いとは言えなかった、遺物の実証的研究を積極的に取り入れた考証を重視しました。また、大鎧や漏刻など、過去の遺物の復元・再現にも積極的に取り組みました。これらの活動は、彼の学問に対する実証的な姿勢を示しており、後世の研究者にとって重要な指針となっています。

松平定信からの評価

通邦の業績は、当時、松平定信からも高く評価されました。松平定信は、通邦の著書の図表などを自らの著書『集古十種』に引用しており、その学識と業績を認めていました。

死と墓所

稲葉通邦は、享和元年（1801年）に名古屋で亡くなりました。彼の墓は、名古屋市の徳林寺にあります。通邦の業績は、彼の死後も、日本の歴史、文化、学術研究に大きな影響を与え続けています。

参考文献

鈴木敬三「稲葉通邦」『国史大辞典 1』（吉川弘文館 1979年）
高橋章則「稲葉通邦」『日本歴史大事典 1』（小学館 2000年）
伊能秀明「稲葉通邦著『神祇令和解』について（一）-古代法研究史（1）-」『明治大学刑事博物館年報』第17巻、1986年
伊能秀明「稲葉通邦著『神祇令和解』について（二・完）-古代法研究史（2）-」『明治大学刑事博物館年報』第18巻、1987年
瀧川政次郎『佐藤誠實の律令学』国学院大学法学会、1968年
島 善高 (2000). “神祇󠄀令研究史と今後の課題”. 大倉山論集 (大倉精神文化研究所) 46
神道大系編纂会 編『神道大系 古典編 律令』神道大系編纂会、1987年

関連文献

佐藤誠実 著、瀧川政次郎 編『佐藤誠実博士 律令格式論集』律令研究会 / 汲古書院、1992年

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