競闘遊戯

競闘遊戯（きそいあそび）

競闘遊戯は、1874年（明治7年）3月21日に東京の海軍兵学寮で行われた、日本の運動会の草分けとも言える画期的なイベントです。この催しは、当時日本に導入されつつあったイギリス海軍式の教育において、お雇い外国人教師であったアーチボルド・ルシアス・ダグラス少佐の発案により実現しました。

開催の背景

日本が開国した後の横浜外国人居留地では、すでにレクリエーションや社交の場として、在日イギリス人を中心に陸上競技などのスポーツ大会が開催されていました。例えば、1864年にはイギリス領事館のグラウンドで野外スポーツ大会が開かれ、1873年には横浜アスレチック協会が組織され秋季大会が行われています。一方で、横須賀製鉄所で行われたフランス人主導の祭典が運動会の起源とされることもありますが、これは曲芸的な要素が強く、競闘遊戯との直接的な繋がりは薄いと考えられています。

このような状況の中、明治政府は1870年に海軍兵学寮を設立し、イギリス海軍を模範と定めました。そして1873年、教育改革のためダグラス少佐が招かれました。ダグラスは座学中心の教育体制に課題を感じ、生徒たちの心身の健康を育むため、1874年1月にはビリヤードやクリケット、ボウリングといったレクリエーションの導入を提言しました。これを受けて、海外留学経験のある教員やオランダ海軍士官らが指導に当たりました。

計画と世論

1874年2月、ダグラス少佐はさらに進んでアスレチックスポーツ大会の開催を提案し、兵学寮や海軍省の同意を得るに至りました。プログラムは当初英語で作成され、その後日本人教官たちによって翻訳されました。大会名は当初「競争遊戯」と訳されましたが、3月8日に海軍卿の勝海舟が太政大臣の三条実美に開催を届け出る際に、より力強く聞こえる「競闘遊戯」に改められ、「きそひあそび」という和名が付けられました。

開催に向けて、海軍兵学寮の本科生・予科生、水路寮、軍医寮、海兵士官学校の生徒を含む総勢200名以上が動員され、数日前から練習が行われました。海軍省からは軍楽隊や給仕、警備員も派遣され、審判員は複数の外国人海軍士官が務めました。プログラムや告知は関係各所に配布され、『郵便報知新聞』や『日新真事誌』といった当時の新聞でも開催が報道されました。

しかし、この報道に対しては批判的な投書も寄せられました。公費で学生に娯楽を行わせることへの疑問や、学業への影響を心配する声、そして当時馴染みの薄かった競技内容に対する非難です。例えば、二人三脚は「戦争で足を失った人をくっつける方法か」、目隠し競走は「危険極まりない、怪我でもしたらどうする」といった厳しい意見が見られました。

大会当日の様子

当初3月11日に予定されていた大会は、雨のため16日、そして21日へと二度延期されました。曇り空となった3月21日土曜日、午前11時に開門し、午後1時に競技が開始されました。競技の開始は小銃の発砲で合図され、進行中は軍楽隊が演奏を行うなど、本格的な雰囲気が漂いました。

いくつかの競技では面白い光景が見られました。300ヤード障害走では、観戦していた一般客がスタートの号砲に驚いて動き出せなかったというエピソードが残っています。負いぶい競走は途中で肩車に変更され、体格の良い上級生が下級生を肩に乗せて走る姿は、当時の参加者である木村浩吉によれば「妙に思った」ほど珍しい光景でした。走高跳びや幅跳び、棒高跳び、三段跳びといった跳躍競技では、富岡定恭や鹿野勇之進といった生徒が優れた成績を収めました。

特に盛り上がりを見せたのが最後の「豚追い競走」でした。全身にヘット（食用油）を塗られた小さな豚が放たれ、予科生たちがそれを追いかけました。しかし、滑る豚を捕まえるのは至難の業で、生徒も豚も泥まみれになって疲れ果てる様子に、観客からは大きな笑いが巻き起こりました。結局、午後4時40分になってようやく豚が捕まり、この珍しい競技と共に競闘遊戯は閉会となりました。

その後の展開

競闘遊戯は、日本の学校における運動会の原型の一つとなりました。2年後の1876年には、ダグラスの後任者らによって海軍兵学寮で「遊戯業競（ゆうぎわざくらべ）」が開催され、競技内容に一部変更がありましたが、イギリス公使も観戦しました。その後、海軍兵学寮での競技会は、東京に滞在する外国人クラブによって引き継がれ、兵学寮のグラウンドを借りて継続して開催されました。

特に、東京英語学校の教師で精力的にスポーツ活動を行っていたフレデリック・ウィリアム・ストレンジは、1882年頃から勤務先の東京大学でも陸上競技の指導を開始し、1883年6月16日に公式なアスレチックスポーツ大会を開催しました。この大会が、日本の学校で広く行われるようになる「運動会」の普及に大きな影響を与えたと言われています。なお、同時期に札幌農学校でもアメリカ式の遊戯会が行われていましたが、これは競闘遊戯とは異なる系統のものであるとされています。

補足：豚追いについて

「豚追い」という行事は、実は近代以前の日本、特に薩摩藩の下級武士の間で餞別会などで行われていた記録があります。西郷隆盛が江戸へ出発する際にも行われ、若者や犬が豚を追い立て、西郷自身が豚を捕らえて塩茹でにして食べるという、勇壮な行事だったと伝えられています。競闘遊戯で行われたものとは形式が異なりますが、豚を追いかけるという点では共通しています。

競闘遊戯は、西洋のスポーツを取り入れた日本の近代スポーツ史における重要な一歩であり、現在の学校運動会へと繋がる歴史の始まりを示すイベントでした。

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