築地反射炉

築地反射炉と多布施反射炉：日本の近代化を支えた技術遺産

築地反射炉は、江戸時代末期に佐賀藩が築造した反射炉で、現在の佐賀市長瀬町に位置していました。当時、海防の必要性が高まる中、鉄製の大砲を製造するために建設され、1850年に日本初の実用反射炉として完成、翌年には日本で初めて鉄製大砲の鋳造に成功しました。この記事では、築地反射炉の歴史的背景、技術的な詳細、そしてその後の多布施反射炉の建設について解説します。

歴史的背景

佐賀藩の第10代藩主、鍋島直正は、藩政改革と西洋科学技術の導入を積極的に推進していました。佐賀藩は福岡藩と共に長崎の警備を担当しており、1804年のレザノフ来航や1808年のフェートン号事件などを通じて、海防の重要性を痛感していました。さらに、アヘン戦争での清の敗北も、直正に危機感を与えました。

こうした状況下で、直正は1847年に幕府に海防の必要性を献策しますが、却下されます。そこで、彼は独自に海防強化策を実施することを決意。伊王島と神ノ島に砲台を増設し、当時主流だった青銅砲を、より強力な鉄製大砲に置き換えるための鋳造を行うことにしました。そのために必要とされたのが、反射炉だったのです。

当時の日本の製鉄技術は、たたら製鉄や甑炉によるものでしたが、これらでは大砲の鋳造に必要な高品質な銑鉄を大量に生産することができませんでした。反射炉は、質の良い銑鉄を大量に処理するために不可欠な施設だったのです。

蘭書を参考に

当時、参考にされたのは、オランダの技術書『ロイク王立製鉄大砲鋳造所における鋳造法』でした。この書物は高島秋帆によって日本に輸入されましたが、翻訳はされていませんでした。そこで直正は、藩の蘭方医であった伊東玄朴とその弟子たちに翻訳を命じ、訳本『銕砲全書』が完成しました。

この技術書には、鉄鉱石を溶鉱炉で溶かして銑鉄を作り、それを反射炉で再溶解して砲身を鋳造するという手法が記されていました。しかし、当時の日本では、砂鉄を原料とする在来のたたら製鉄で十分だと考えられていたため、反射炉の建設が優先されたのです。

反射炉の築造と試行錯誤

直正は1850年、大砲製造を行う「大銃製造方」を新設し、反射炉の築造にあたらせました。責任者には本島藤太夫、副長には杉谷雍介と田中虎太郎が任命され、彼らは後に「御鋳立方の七賢人」と呼ばれるようになります。また、伊豆韮山代官の江川英龍にも協力を要請しました。

反射炉の築造は1850年8月に佐賀城の北西にある築地で始まり、同年12月に完成しました。しかし、初期の鋳造は失敗の連続でした。原因は炉の温度が低かったことだと考えられ、温度を上げるための様々な試みがなされました。そして、1851年5月、5回目の鋳造で初めて鉄砲の鋳造に成功しますが、試射で砲身が破裂してしまいます。その後も、鋳造に成功しても試射で破裂する事例が相次ぎました。

良質な鉄の鋳造ができるようになったのは、1852年6月の14回目の鋳造でした。この間、錐鑚台や水車などの設備も設けられ、1851年11月には2号炉、1852年6月には3・4号炉が増設されました。

多布施反射炉の建設

築地での成功が伝えられると、幕府も佐賀藩に大砲の製造を依頼しました。これを受けて佐賀藩は、多布施に新たな反射炉を建設することを決定します。多布施反射炉は1854年4月に操業を開始し、幕府に大砲を納入しました。

築地反射炉は遅くとも1857年8月頃には操業を停止しましたが、多布施反射炉は1859年12月頃まで操業を続けました。両反射炉では、鉄製大砲だけでなく青銅砲も鋳造され、その総数は300門近くに達したとされています。

その後

築地反射炉の跡地は田畑となり、多布施反射炉は銃砲関係の作業場として使用されました。現在、両反射炉の跡地には記念碑や史跡が整備されています。築地反射炉跡では発掘調査が行われ、水路跡や耐火煉瓦などが確認されています。また、多布施反射炉跡でも、炉の基礎や大砲の鋳型、鉄滓などが出土しています。

現代への影響

築地反射炉と多布施反射炉は、日本の近代化を支えた重要な技術遺産です。その技術は、日本の産業発展に大きく貢献しました。現在でも、佐賀市では反射炉の功績を称える「反射炉まつり」が開催され、復元されたカノン砲が祝砲として発射されています。

築地反射炉と多布施反射炉は、日本の近代化における技術革新の象徴であり、その歴史的意義は今も色褪せることはありません。

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