江川英龍

江川英龍（えがわ ひでたつ）

江川英龍は、江戸時代後期の幕臣であり、伊豆韮山代官を務めた人物です。彼は通称として太郎左衛門、号として坦庵を持ち、特に韮山での呼称は「たんなん」として知られています。生年月日は享和元年5月13日（1801年6月23日）で、安政2年1月16日（1855年3月4日）に逝去しました。

彼は、日本列島が欧米列強の勢力に脅かされる中、海防の重要性を認識し、近代的な防衛手法を導入することに熱心でした。反射炉の設立や西洋砲術の普及を図り、後に兵糧として西洋式のパンを焼く事業にも従事したことから、現代において「パン祖」とも称されています。

生涯と家系

江川家は大和源氏に由来し、鎌倉時代からの歴史を有する家柄です。代々太郎左衛門の名を受け継ぎ、英龍は36代目の当主にあたります。文政4年（1821年）、英虎の死によって英毅の嫡子となり、文政7年（1824年）には代官見習に任命され、その後、天保6年（1835年）に34歳で代官に就任します。代官としての活動は多岐に渡り、剣術や道理を学んだ士と交友を深めたことからも彼の人脈の広さが伺えます。

当時、甲斐国で発生した天保騒動に対しては、隠密行動を取りつつ騒動の情報を収集し、迅速に対応する警戒心を持っていました。加えて、英龍は父・英毅が推進した施政を受け継ぎ、農地改良や商品作物の栽培による生産性向上にも尽力しました。このような公正な施政により、民衆からは「世直し江川大明神」と敬愛されていました。

海防への意識

日本近海では、外国船が現れる事態が頻発し、幕府の異国船打払令が出されるなど緊張が高まっていました。英龍は早くから蘭学者から海防に関する教えを受け、幕府に対して積極的に海防強化の提案を行いました。また、江戸湾の防備強化に向けた巡検も行うなど、実務に裏打ちされた知識を持って海防問題に取り組みました。

しかし、彼の活動には保守派との対立も避けられず、特に保守勢力の鳥居耀蔵との摩擦が存在しました。鳥居は英龍の進言を快く思わず、蛮社の獄が発生する中で、英龍は保護される立場にありましたが、彼も厳しい時代背景の中で無視できない局面に立たされていました。

近代砲術の普及と晩年

英龍は長崎に赴いて高島秋帆に師事し、西洋砲術を学ぶことで自己の専門知識を磨き、江川塾を開設。全国の藩士に砲術を教えることで彼の影響力を広めました。天保14年（1843年）に水野忠邦からも高く評価され、嘉永6年（1853年）には勘定吟味役に任命されています。

品川台場の築造や鉄砲製作所の設立など、海防強化に向けた事業も推進しましたが、幕府の方針転換で数々の計画が頓挫しました。それでも、彼は生涯を通じて国防の重要性を訴え続けました。

その後、病を得た英龍は江戸屋敷で静かに生涯を閉じ、彼の業績は後の世代に引き継がれていきました。特に、次代の英敏は農兵軍の編成に成功し、江川家の意志を継承していきました。

教育と影響

英龍は学問に熱心で、多様な分野で教えを乞い、剣術では岡田十松の指導を受けました。さらに、西洋の軍隊制度の影響を受け、兵士への号令も自らのアイデアで日本語へ翻訳したことが、その後の日本の軍事教育に影響を与えました。

江川英龍の業績は、日本の近代化の過程において重要な役割を果たし、海防問題への取り組みや国民の生活の向上に寄与しました。彼が推進したパンの製造技術は、今日まで続く文化遺産としても位置づけられています。

もう一度検索