粛軍演説

粛軍演説：斎藤隆夫による歴史的批判

1936年（昭和11年）5月7日、帝国議会衆議院において、斎藤隆夫によって行われた「粛軍演説」。これは単なる演説ではなく、当時の日本社会における軍部の台頭と政治腐敗に対する、一人の政治家による痛烈な批判でした。演説は、寺内寿一陸軍大臣に対する質問という形式を取りながら、その内容は、軍部の内情と政治との関係に深く切り込むものでした。

演説の核心：軍部批判と立憲政治の擁護

斎藤隆夫は、演説の中で、まず「革新」という言葉の曖昧さを指摘し、広田内閣の国政改革に対する疑問を呈しました。その上で、軍部に対し、軍の改革（粛軍）を強く要請しました。彼の批判は、単に軍部の行動に向けられたものではなく、議会を軽視する軍部の姿勢、さらには、軍部に擦り寄る政治家たちへも向けられました。

演説の中で斎藤は、「立憲政治家たるもの、国民を背景として正々堂々と民衆の前に立って政治を行うべきだ」と述べ、裏で陰謀を企てたり、軍部と通謀して自己の野心を遂げようとする政治家を厳しく批判しました。これは、当時の政治状況に対する、彼の強い危機感の表れでした。彼は、軍部と政治家との不健全な関係が、政治の腐敗と国家の危機を招いていると警鐘を鳴らしたのです。

二・二六事件への言及と軍部の責任追及

斎藤は、演説の中で、二・二六事件を真正面から取り上げ、青年軍人の右傾化と、軍人の政治介入を厳しく批判しました。彼は、五・一五事件に対する軍の対応が、その後の二・二六事件の遠因となった可能性を指摘しました。青年軍人の視野の狭さ、問題の単純化、そして、クーデター計画が繰り返されるにも関わらず、軍当局が厳正な処罰を行わなかったことが、大事件を引き起こしたと訴えました。

国民の怒りと、言論の自由

また、斎藤は、軍人の横暴に対する国民の怒りにも触れました。当時、国民の間には軍部に対する不満が高まっていましたが、「言論の自由が拘束せられている今日の時代において、公然これを口にすることはできない」状況でした。斎藤は、このような状況下でも、帝国議会にはまだ自由があったことを最大限に活用し、国民の声を代弁しようとしました。戦争の時代にあって、国民は心とは異なることを口にせざるを得ない状況でしたが、斎藤は議会という場で真実を語ることを選びました。

政治家への痛烈な批判

斎藤の批判は、軍部だけに留まらず、軍部に擦り寄る政治家へも向けられました。彼は、軍部と結託して自らの野心を遂げようとする政治家を、「政治家の恥辱であり、堕落」と厳しく糾弾しました。この言葉は、当時の政治腐敗に対する、彼の強い憤りを表しています。

長時間にわたる演説とその反響

この演説は、1時間25分にも及ぶ長演説となりました。演説後、斎藤自身は『回顧七十年』の中で、主要な新聞が第一面で大きく報道し、「議会未曽有の歴史的大演説であると激賞した」と述べています。斎藤は、「私は死すとも、この演説は永くわが国の憲政史上に残ると思えば、私は実に政治家としての一大責任を果したる心地がした」と、その時の心境を語っています。

演説の歴史的意義

「粛軍演説」は、当時の日本における、軍部の台頭と政治腐敗という深刻な問題に真正面から立ち向かった、歴史的に非常に重要な演説です。斎藤隆夫の勇気ある行動は、当時の国民に大きな影響を与え、その後の日本の政治史にも大きな影響を及ぼしました。演説は、立憲政治の重要性と、言論の自由の大切さを、改めて私たちに教えてくれます。今日においても、この演説は、政治家が持つべき倫理観と責任感を考える上で、重要な教訓となるでしょう。

関連事項

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