細島熊野社

細島熊野社は、富山県南西部に位置する南砺市の中でも、かつて利賀村であった山間部の細島集落に静かに佇む古社です。この神社は、境内に残る歴史的な文化財によって、地域の信仰と歴史を今に伝えています。特に、旧御神体として祀られていた木像と、境内を覆う豊かな社叢は、市の文化財に指定されており、その由来や変遷には興味深い物語が秘められています。

神社の歴史をたどると、江戸時代に行われた複数の調査記録から、祀られてきた神が時代によって変化してきたことがうかがえます。正徳2年（1712年）の記録では八幡宮と記されていたものが、宝暦9年（1759年）には天満宮となり、さらに文政7年（1824年）には熊野権現として記録されています。このように祭神が変遷してきた背景には、当時の社会情勢や集落の信仰の変化があったのかもしれません。一方で、近隣の多くの神社と同様に、野尻村の法厳寺がこの神社を管理する立場にあったことは、記録上変わることなく続いています。現在の社殿は、昭和11年（1936年）に一部手が加えられた後、平成6年（1994年）に新たに建て替えられたものです。

細島熊野社の最も注目すべき文化財の一つに、旧御神体像があります。これは木製の像で、かつてこの神社で御神体として祀られていました。細島集落に古くから伝わる口伝では、この像はかつて「十村の四郎右衛門」という人物が自ら彫り上げたもので、もともとの御神体であった石冠に代わり、熊野社の新たな御神体になったとされています。集落の人々にとっては、地域の有力者によって作られた大切な像として語り継がれてきたのでしょう。

しかし、この木像の背面には、異なる事実を示唆する銘が刻まれています。そこには「慶安五年（1652年）九月吉日 源太郎献佛」と記されており、口伝で伝えられる「四郎右衛門」とは別の人物、「源太郎」が慶安5年（1652年）に奉納したものであることがわかります。この伝承と刻銘の食い違いは、歴史的な文書を調べることで解き明かされました。古文書などの記録をひもとくと、この四郎右衛門と源太郎は親子関係にあり、実際に十村役を務めたのは父である源太郎であったことが分かります。息子の四郎右衛門は、父の代理として十村の務めを担った記録があるにすぎません。後に当主が代々「四郎右衛門」の名を襲名したため、父と息子の功績が混同され、「四郎右衛門作」とする口伝が生まれたと考えられています。

御神体が途中で別の物に替わり、さらにその具体的な年代や、伝承と史実が異なる形で伝わっている経緯までがわかる事例は、全国的に見ても非常に珍しく、歴史研究上、また民俗学上も価値が高いとされています。このため、この旧御神体像は平成4年（1992年）8月1日に旧利賀村の有形文化財に指定されました。その後の南砺市への合併に伴い、現在も市の文化財としての指定が継続されており、貴重な地域の宝として大切に保管されています。

もう一つの重要な文化財は、境内の社叢です。神社の敷地には、スギ、カツラ、ケヤキ、クリといった様々な種類の巨木が立ち並んでおり、古くから続く豊かな森を形成しています。これらの樹木群は、集落の信仰の場を守る鎮守の森として、また地域の自然環境を代表する存在として重要な役割を果たしてきました。これらの巨木を含む社叢全体が、平成4年（1992年）8月1日に旧利賀村の天然記念物に指定され、自然遺産として保護されることになりました。南砺市に合併された後も、引き続き市の天然記念物として大切にされています。ただし、文化財指定を受けた樹木のうち、特に大きく成長したクリの木については、社殿が傾くなどの影響が出たため、指定後の平成6年（1994年）にやむなく伐採されることとなりました。

細島熊野社は、祭神の変遷に見られる信仰の変化や、旧御神体像にまつわる伝承と史実の乖離、そしてそれを解き明かす歴史資料の存在、さらに豊かな社叢が育む自然環境といった多角的な側面から、地域の歴史、文化、そして自然を理解する上で重要な場所と言えます。これらの文化財は、細島集落の人々が長きにわたり守り伝え、現在に至るまで大切にしてきた歴史の証であり、地域の誇りとなっています。

もう一度検索