終電車の死美人

終電車の死美人：東映東京撮影所の礎を築いた社会派刑事ドラマ

1955年6月21日、東映東京撮影所製作、東映配給により公開された『終電車の死美人』。小林恒夫監督、宇佐美諄主演によるモノクロ映画である本作は、単なる一作品としてだけでなく、日本の映画史、特に東映の刑事ドラマの歴史において重要な位置を占めている。

本作は、東映東京撮影所が手掛けた「警視庁物語シリーズ」の第一作目であり、このシリーズはその後24作品にも及ぶ長期シリーズへと発展した。さらに、このシリーズで培われた演出手法やノウハウは、後の東映を代表する刑事ドラマシリーズである『特別機動捜査隊』『特捜最前線』『はぐれ刑事純情派』『相棒』といった作品へと受け継がれていったと評されている。この系譜において『終電車の死美人』は、まさに礎を築いた作品と言えるだろう。

その影響力の大きさを示すエピソードとして、本作のチーフ助監督を務めた村山新治は、「警視庁物語シリーズ」で7本の監督を務めた実績を持つ人物であり、また助監督として参加した深作欣二も、本作から大きな影響を受けたことを公言している。これらの事実から、本作が東映の現代劇、ひいては日本の刑事ドラマに与えた影響の深さが窺える。

物語の原作は、朝日新聞社警視庁担当記者団が執筆した『警視庁』。三鷹行き最終電車内で殺害された若い女性を巡る事件を、警視庁捜査一課の刑事たちの視点からドキュメンタリータッチで描く。限られた所持品というわずかな手がかりから、犯人を追いつめていく捜査の過程は、緊張感とリアリティに満ち溢れている。犯行現場の状況描写や、刑事たちの地道な捜査、そして事件の真相解明に至るまで、細部まで丁寧に描かれたストーリーは、観客を深く引き込む。

音楽は、日本映画音楽の草分け的存在である紙恭輔が担当。時代を感じさせる重厚な旋律が、劇全体の雰囲気をさらに高めている。キャスト陣も豪華で、宇佐美諄を始め、松本克平、山形勲、石島房太郎、伊藤久哉、堀雄二、福原秀雄、花澤徳衛といったベテラン俳優が脇を固める。

『終電車の死美人』は単なる娯楽作品としてだけでなく、当時の社会情勢や警察組織の現実を反映した社会派作品としても評価されている。限られた予算と技術の中で、高い完成度を実現した本作は、東映東京撮影所の技術力とスタッフの熱意の結晶と言えるだろう。現在では、その歴史的価値から、多くの映画ファンや研究者から注目されている。

しかし、東映においては、京都太秦の東映京都撮影所が製作する時代劇映画が人気の中心であり、東映東京の作品は時代劇との併映が主で、大きなヒットは期待されていなかった。1960年前後、時代劇の人気が衰え始め、第二東映の失敗も重なり、東映東京は転換期を迎える。1961年9月、岡田茂が東映東京所長に就任すると、小林恒夫のような古参監督の演出機会は減少した。しかし、1963年3月に岡田がプロデュースした『人生劇場 飛車角』の大ヒットにより、東映東京は任侠路線へと転換。社会派作品は減少していった。

『終電車の死美人』は、このような東映の変遷の中で、社会派刑事ドラマの隆盛を予感させる、重要な作品として記憶されている。その後の東映刑事ドラマの系譜をたどる上で、本作は決して無視できない存在である。

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