絵画の寓意としての自画像
『絵画の寓意としての自画像』（通称『ラ・ピットゥーラ』）は、バロック期のイタリア人女性画家アルテミジア・ジェンティレスキが1638年から1639年頃に制作した油彩の自画像です。この作品は、アルテミジアがイングランド滞在中に、チェーザレ・リーパの図像集『イコノロギア』に基づいて描いたとされています。この絵画は、かつてイングランド国王チャールズ1世のコレクションにあり、現在はロンドンのケンジントン宮殿に所蔵されています。
この自画像は、女性が職業を持つことが稀であった時代に、画家である自身の姿を芸術の寓意として描いた点が画期的です。当時、芸術の寓意は女性の姿で表現されることが一般的であり、男性画家は自身を寓意として描くことはできませんでした。アルテミジアは、この慣習を逆手に取り、自身の姿を「絵画」の寓意として表現することで、自己の才能と主体性を主張しました。しかし、この作品は、彼女の他の作品、特に若年期の困難を反映したドラマチックな作品に比べて、今日では注目度が低いとされています。
この作品は、20世紀に美術史家マイケル・リーヴィによって、自画像であると同時に寓意であると提唱されました。しかし、一部の美術史家は、描かれている人物の特徴が他のアルテミジアの肖像画と異なると指摘し、この解釈には異論もあります。
『イコノロギア』において「絵画」は、「美しい女性。様々な方法で乱れ、ねじれた完全な黒髪、想像力に富んだ思考を示すアーチ状の眉毛を持ち、口は耳の後ろで結ばれた布で覆われ、『模倣』と書かれたマスクを吊り下げた金の鎖を首にかけている。彼女ははかなく覆われたひだのある織物の服を着て、手に絵筆を持ち、もう片方の手にはパレットを持っている」とされています。アルテミジアはこの記述にほぼ忠実に従い、唯一口に巻いた布が省略されています。
構図は、画面を斜めに横切るラインによって女性の体型を強調し、キャンバスに向かって絵筆を走らせる動きと、鑑賞者に向かう動きを巧みに表現しています。短縮法などの技法は、アルテミジアの才能を示すだけでなく、鑑賞者を絵画の世界に引き込む効果をもたらします。また、画面左から差し込む光は、光源を描くことなく、キアロスクーロ技法によって彼女の身体を劇的に照らし出しています。質感表現にも注目すべき点が多く、乱れた髪、絵具のひび割れ、汚れた手などが、作品のリアリティを高めています。色彩は、濃い色の衣服と背景に対して、顔と右腕の白い肌が際立ち、胸元の金の鎖がかすかに輝くなど、照明と自然な色調の違いが巧みに利用されています。パレットの下には、アルテミジアのイニシャルが署名されています。
作品は背景が希薄であるため未完成の印象を与えますが、1972年の修復によって、後代の加筆が除去され、本来の状態が復元されました。
アルテミジアは、チェーザレ・リーパの「絵画」の寓意が女性像である点を利用し、芸術家としての最も良い面を自己表現しました。バロック時代における女性の立場は必ずしも有利ではなかったにも関わらず、彼女は自身の評判を高めるために『イコノロギア』から有益な図像を見出しました。また、当時、理想化された女性像がしばしば情欲的な観点から描かれたのに対し、アルテミジアは「絵画」を女性に力を与えるものとして描きました。しかし、この自画像は、一部の批評家からは利己的であると受け止められました。
美術史家メアリー・ガラードが指摘するように、寓意的な擬人化は女性像に限られていたため、この方法で自己表現できたのは女性芸術家のみでした。
この絵画は、アルテミジアがイギリス滞在中に制作され、その後チャールズ1世によって購入されました。チャールズ1世は、少なくとも3点のアルテミジアの作品を所有していたとされています。しかし、清教徒革命によりチャールズ1世が処刑された後、王室コレクションは分散し、1651年には議会債権者の弁護士ジョン・ジャクソンの手に渡りました。1660年の王政復古後、王党派ウィリアム・ホーリーがチャールズ2世のために買い戻しました。
『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）
Bissell, R. Ward (1999). Artemisia Gentileschi and the Authority of Art : Critical Reading and Catalogue Raisonné. University Park, Pa.: Pennsylvania State University Press.
Brotton, Jerry (2018). The Sale of the Late King's Goods : Charles I and his Art Collection. London: Pan Books.
Garrard, Mary D. (1980). “Artemisia Gentileschi's Self-Portrait as the Allegory of Painting”. The Art Bulletin 62 (1): 97–112.
Kleiner, Fred S. (2005). Gardner's Art through the Ages (13 ed.). Wadsworth, Cengage Learning.
Lester, Maureen (2007年2月). Self-Portrait as the Allegory of Painting (La Pittura). Women and the Visual Arts.
Ripa, Cesare (1593). Iconologia
Treves, Letizia (2020). Artemisia.. National Gallery (London).
* ロイヤル・コレクション・トラスト公式サイト, アルテミジア・ジェンティレスキ『絵画の寓意としての自画像（ラ・ピットゥーラ）』
作品の特徴
この自画像は、女性が職業を持つことが稀であった時代に、画家である自身の姿を芸術の寓意として描いた点が画期的です。当時、芸術の寓意は女性の姿で表現されることが一般的であり、男性画家は自身を寓意として描くことはできませんでした。アルテミジアは、この慣習を逆手に取り、自身の姿を「絵画」の寓意として表現することで、自己の才能と主体性を主張しました。しかし、この作品は、彼女の他の作品、特に若年期の困難を反映したドラマチックな作品に比べて、今日では注目度が低いとされています。
この作品は、20世紀に美術史家マイケル・リーヴィによって、自画像であると同時に寓意であると提唱されました。しかし、一部の美術史家は、描かれている人物の特徴が他のアルテミジアの肖像画と異なると指摘し、この解釈には異論もあります。
『イコノロギア』において「絵画」は、「美しい女性。様々な方法で乱れ、ねじれた完全な黒髪、想像力に富んだ思考を示すアーチ状の眉毛を持ち、口は耳の後ろで結ばれた布で覆われ、『模倣』と書かれたマスクを吊り下げた金の鎖を首にかけている。彼女ははかなく覆われたひだのある織物の服を着て、手に絵筆を持ち、もう片方の手にはパレットを持っている」とされています。アルテミジアはこの記述にほぼ忠実に従い、唯一口に巻いた布が省略されています。
構図は、画面を斜めに横切るラインによって女性の体型を強調し、キャンバスに向かって絵筆を走らせる動きと、鑑賞者に向かう動きを巧みに表現しています。短縮法などの技法は、アルテミジアの才能を示すだけでなく、鑑賞者を絵画の世界に引き込む効果をもたらします。また、画面左から差し込む光は、光源を描くことなく、キアロスクーロ技法によって彼女の身体を劇的に照らし出しています。質感表現にも注目すべき点が多く、乱れた髪、絵具のひび割れ、汚れた手などが、作品のリアリティを高めています。色彩は、濃い色の衣服と背景に対して、顔と右腕の白い肌が際立ち、胸元の金の鎖がかすかに輝くなど、照明と自然な色調の違いが巧みに利用されています。パレットの下には、アルテミジアのイニシャルが署名されています。
作品は背景が希薄であるため未完成の印象を与えますが、1972年の修復によって、後代の加筆が除去され、本来の状態が復元されました。
評価
アルテミジアは、チェーザレ・リーパの「絵画」の寓意が女性像である点を利用し、芸術家としての最も良い面を自己表現しました。バロック時代における女性の立場は必ずしも有利ではなかったにも関わらず、彼女は自身の評判を高めるために『イコノロギア』から有益な図像を見出しました。また、当時、理想化された女性像がしばしば情欲的な観点から描かれたのに対し、アルテミジアは「絵画」を女性に力を与えるものとして描きました。しかし、この自画像は、一部の批評家からは利己的であると受け止められました。
美術史家メアリー・ガラードが指摘するように、寓意的な擬人化は女性像に限られていたため、この方法で自己表現できたのは女性芸術家のみでした。
来歴
この絵画は、アルテミジアがイギリス滞在中に制作され、その後チャールズ1世によって購入されました。チャールズ1世は、少なくとも3点のアルテミジアの作品を所有していたとされています。しかし、清教徒革命によりチャールズ1世が処刑された後、王室コレクションは分散し、1651年には議会債権者の弁護士ジョン・ジャクソンの手に渡りました。1660年の王政復古後、王党派ウィリアム・ホーリーがチャールズ2世のために買い戻しました。
参考文献
『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）
Bissell, R. Ward (1999). Artemisia Gentileschi and the Authority of Art : Critical Reading and Catalogue Raisonné. University Park, Pa.: Pennsylvania State University Press.
Brotton, Jerry (2018). The Sale of the Late King's Goods : Charles I and his Art Collection. London: Pan Books.
Garrard, Mary D. (1980). “Artemisia Gentileschi's Self-Portrait as the Allegory of Painting”. The Art Bulletin 62 (1): 97–112.
Kleiner, Fred S. (2005). Gardner's Art through the Ages (13 ed.). Wadsworth, Cengage Learning.
Lester, Maureen (2007年2月). Self-Portrait as the Allegory of Painting (La Pittura). Women and the Visual Arts.
Ripa, Cesare (1593). Iconologia
Treves, Letizia (2020). Artemisia.. National Gallery (London).
外部リンク
* ロイヤル・コレクション・トラスト公式サイト, アルテミジア・ジェンティレスキ『絵画の寓意としての自画像（ラ・ピットゥーラ）』
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