総力戦研究所

総力戦研究所：大日本帝国のシンクタンク

総力戦研究所は、1940年（昭和15年）に勅令により開設された内閣総理大臣直轄の研究所兼教育機関です。その目的は、国家総力戦に関する調査研究と、各官庁・陸海軍・民間から選抜された若手エリートに対する総力戦体制に向けた教育・訓練でした。しかし、1945年（昭和20年）に廃止され、短い期間でその役割を終えました。

設立の背景と目的

総力戦研究所は、陸軍省経理局にあった「戦争経済研究班」（通称「秋丸機関」）の機能を引き継ぎました。その設立は、国防という問題に対し、文官と武官が率直な議論を通じて国防の方針と経済活動の指針を考察し、統帥の調和と国力の増強を図ることにありました。企画院第一部長の沼田多稼蔵の発案により、内閣情報局分室跡に開所されることとなりました。

組織と活動

1940年8月に設立が閣議決定され、同年10月1日に開所式が行われました。初代所長には星野直樹が就任し、各省庁から選ばれた優秀な人材が所員として集められました。1941年4月には第一期研究生が入所し、官僚や民間人が研究・研修を行いました。皇族の閑院宮春仁王も特別研究生として参加しています。その後も第二期、第三期生が受け入れられましたが、1943年12月には繰り上げ卒業となり、事実上開店休業状態となりました。

総力戦研究所は、研究機関というよりも教育機関としての側面が強く、イギリスの帝国国防大学などを参考に、文官・武官の人材育成を目的とした「大学院大学」のような存在でした。「国防大学」という名称も検討されましたが、文部省の管轄となることを避けるため、「総力戦研究所」という仮称がそのまま使用されました。

日米開戦シミュレーション

総力戦研究所の活動で特筆すべきは、日米戦争を想定した机上演習（シミュレーション）です。1941年7月、第二代所長の飯村穣は、研究生に対し日米戦争を想定したシミュレーション計画を発表しました。研究生たちは模擬内閣を組織し、軍事・外交・経済の各局面で具体的な事項を分析し、日米戦争の展開を予測しました。

その結果、「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必至であり、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに戦争は不可能」という「日本必敗」の結論が導き出されました。この結論は、現実の日米戦争の戦局推移とほぼ合致するものでした。

このシミュレーション結果は、首相官邸で開催された『第一回総力戦机上演習総合研究会』で政府・統帥部関係者の前で報告されました。しかし、慶應義塾大学教授の牧野邦昭によれば、総力戦研究所は最初から「官僚の訓練施設」としか位置づけられておらず、研究成果が政策に活かされることは想定されていなかったと指摘されています。

研究成果の評価

総力戦研究所の研究成果については、様々な見解があります。牧野邦昭は、研究所が作成した資料には長期戦にならなければ対米戦に勝利の見込みがあるとされていたことや、対ソ戦に向けた国力整備の提言など、様々な内容が含まれていることを指摘し、1941年8月のシミュレーションのみに注目するのは問題があるとしています。

一方で、総力戦研究所は「大学院大学」として、戦後に活躍する人材の育成に貢献したという評価もあります。自由な議論ができた教育機関として、その存在意義は大きかったと言えるでしょう。

結論

総力戦研究所は、短期間ながらも日本の国家戦略に一定の影響を与えた機関でした。日米開戦を前に日本の敗北を予測したシミュレーションは、その先見性において特筆に値します。しかし、研究成果が政策に反映されなかったことや、研究内容の評価については議論が分かれるところです。総力戦研究所は、第二次世界大戦という激動の時代における日本の組織のあり方や、政策決定のプロセスを考える上で重要な事例と言えるでしょう。

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