聖ペテロの否認 (レンブラント)

レンブラントの晩年を彩る傑作『聖ペテロの否認』

17世紀オランダ黄金時代の巨匠、レンブラント・ファン・レイン。その晩年の代表作として名高い『聖ペテロの否認』(1660年制作)は、新約聖書におけるイエス・キリストの受難を描いた物語画です。アムステルダム国立美術館に収蔵されているこの作品は、縦154センチ、横169センチの油彩画で、レンブラント自身の署名と制作年が記されています。

聖書の記述に基づくドラマティックな表現

絵画の主題は、イエスが逮捕され、裁判にかけられる直前、ペテロがイエスを知らないと3度も否認したという有名なエピソードです。レンブラントは、ルカによる福音書22章54-61節を参考に、この劇的な場面をキャンバスに閉じ込めました。

作品は、白い衣服をまとったペテロが、カヤパの護衛である2人の兵士に見守られながら、召使の女性にイエスを知らないと主張する瞬間を描いています。福音書では焚き火の火がペテロに気づかせるきっかけとなっていますが、レンブラントはそれをロウソクの光に置き換えています。画面の奥には、ピラトの法廷へと連行されるイエスが、ペテロの行動を振り返り、自分の予言が現実となる様を見守るように描かれています。

ペテロ、召使、兵士たちの配置、イエスとの距離、そして描かれている正確な瞬間は、福音書の記述以上に曖昧で、複数の解釈を許容する表現となっています。しかし、ペテロの否認と、その直後の悔恨という主題は、観る者に瞬時に理解される力を持っています。

レンブラント独特の画風

17世紀イタリアの美術史家、フィリッポ・バルディヌッチは、レンブラントの画風を「よき輪郭線を欠き、不規則な筆さばきによって強烈で露骨な明暗の対比を強引に生み出している」と評しました。この評は、『聖ペテロの否認』の特徴を見事に捉えています。明瞭な輪郭線は控えめであり、劇的な明暗のコントラストが画面全体を支配しています。

レンブラントは、同時代の多くの画家と異なり、イタリアへは一度も訪れていませんでした。しかし、『聖ペテロの否認』のような主題の扱いは、外国の版画作品に強く影響されていると考えられています。特に、フランドルの画家ヘラルト・セーヘルスの絵画に基づく2つのエングレービングが、レンブラントの作風への影響として指摘されています。

作品の来歴

完成後、『聖ペテロの否認』はネーデルラント、フランスと渡り歩き、幾人かのコレクターや画商の手を経て、1781年にはロシアのエカチェリーナ2世に売却されました。その後、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されていましたが、ソ連政府による秘密裏の売却を経て、1933年にアムステルダム国立美術館に収蔵されることとなりました。

まとめ

『聖ペテロの否認』は、レンブラントの晩年の到達点ともいえる作品です。聖書の一場面を、独自の解釈と卓越した技法で描き出したこの絵画は、現在も世界中の人々を魅了し続けています。その劇的な表現、曖昧な空間、そして独特の明暗法は、観る者に深い感銘を与え、聖書物語の持つ重みとペテロの心情を鮮やかに伝えています。レンブラントの生涯と作品を理解する上で、重要な位置を占める作品と言えるでしょう。

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