聖マルガリタ (ティツィアーノ)

ティツィアーノの『聖マルガリタと竜』

『聖マルガリタと竜』（または単に『聖マルガリタ』）は、ルネサンス期ヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1565年頃に制作した油彩画です。この作品は、キリスト教の聖人であるアンティオキアの聖マルガリタが、ドラゴンを退治する伝説的な場面を描いています。

主題：聖マルガリタの伝説

聖マルガリタは、3世紀にアンティオキアで殉教した処女聖女です。彼女の伝説は、ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』に記されており、その中で彼女は、求婚を拒んだことから拷問を受け、牢獄に閉じ込められます。牢獄で彼女は、サタンが変身したドラゴンに襲われます。しかし、彼女が十字を切ると、ドラゴンは消え去るか、あるいは彼女を飲み込んだドラゴンの腹が十字を切ったことで裂けて、無事に脱出できたと伝えられています。聖マルガリタは後に斬首されますが、出産時に自分に祈ることで、彼女がドラゴンの腹から出たように無事に出産できると約束し、出産の守護聖人となりました。

制作経緯

この作品に関する最初の言及は、1552年10月11日にティツィアーノがフェリペ2世に宛てた手紙にあります。この手紙に記載された作品は、フェリペ2世のために制作されたと考えられています。その後の版画の碑文によると、作品は神聖ローマ皇帝カール5世の妹であるハンガリー王妃マリア・フォン・エスターライヒのために制作されたとされていますが、彼女の目録には記載がありません。制作時期は、マリアの死去した1558年以降の1560年代半ばから後半と推定されています。

作品の特徴

この絵画は、聖マルガリタがドラゴンに飲み込まれた後、その腹から無事に出てくる場面を描いています。ドラゴンは画面下で腹を上にして横たわり、聖マルガリタは左手に小さな十字架を持ち、恐怖の眼差しでドラゴンの頭を見下ろしています。画面右下には髑髏が転がり、遠景にはヴェネツィアと思われる燃える都市が描かれています。署名は、聖マルガリタの十字架の近くの岩場に記されています。

プラド美術館所蔵のバージョンは、エル・エスコリアル修道院所蔵のバージョンと比較して品質が向上しており、ティツィアーノは同じ構図を使用しながらも、聖マルガリタの衣服の色を青色から緑色に変更し、ドラゴンの口を閉じ、髑髏を追加しています。また、背景の崖を右に寄せ、開放的な空間に遠景を描いています。これらの変更には、ラファエロの同主題の作品からの影響が見られます。

ティツィアーノは『黄金伝説』に記述された伝説的なバージョンを採用し、トリエント公会議で非歴史的な表現が禁止されたにもかかわらず、教会の教義よりも絵画的な伝統を優先しました。燃える都市や十字架、髑髏などの要素は、通常の聖マルガリタの図像には見られないものです。美術史家エルヴィン・パノフスキーは、これらの要素が聖マルタと聖ゲオルギウスの物語との混同に起因すると指摘しています。

1998年の修復により、以前は暗かった画面の色が回復しました。

来歴

この作品は、1666年と1734年のマドリードのアルカサル王宮の目録に記載され、1746年にはブエン・レティーロ宮殿、その後新王宮に移されました。1821年にプラド美術館に収蔵されました。

エル・エスコリアル版

このバージョンは、プラド美術館所蔵のものよりも早く制作されたとされています。1552年のティツィアーノの手紙で言及された作品であり、1574年にエル・エスコリアル修道院に送られ、現在も同修道院に所蔵されています。

複製

『聖マルガリタ』は、当時非常に人気があったことを示唆する多くの複製が存在します。チャールズ1世のコレクションに記録されたバージョンや、2018年にサザビーズで売却された複製などが知られています。また、ハインツ・キスターズ・コレクションには、真筆画として評価する研究者もいる作品が所蔵されています。

関連作品

画像1: プラド美術館所蔵の『聖マルガリタ』

画像2: エル・エスコリアル修道院所蔵の『聖マルガリタ』

画像3: サザビーズで売却された複製

参考資料

ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』高階秀爾監修、河出書房新社（1988年）
プラド美術館公式サイト,ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『聖マルガリタ』(https://www.museodelprado.es/en/the-collection/art-work/santa-margarita/86cb6371-6b11-441f-a421-49f28e827b7a)

もう一度検索