聖地 (アブラハムの宗教)

聖地

アブラハムの宗教における「聖地」は、一般的にヨルダン川と地中海に挟まれた領域、そしてヨルダン川の東岸の一部を含む地域を指します。現代の地理区分では、主にイスラエル、パレスチナ領域、ヨルダン西部、さらにレバノン南部やシリア南西部の一部がこの範囲に含まれます。この地域は、聖書に記されるイスラエルの地や、パレスチナともおおよそ重なります。多種多様な信仰を持つ人々にとって特別な場所であり、特にユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つの宗教において極めて重要な意味を持っています。

聖地の重要性は、多くの宗教的な出来事の舞台となった歴史に由来します。例えば、キリスト教徒がメシアと信じるイエス・キリストが誕生し、教えを広め、磔刑、そして復活を遂げたとされる場所であり、キリスト教徒にとって信仰の根幹に関わる土地です。イスラム教においては、預言者ムハンマドが夜の旅と昇天を体験した「至遠のモスク」があるとされる地であり、特にエルサレム（アル＝クドゥス）は重要な位置を占めます。また、ユダヤ教徒にとっては、最も神聖な都市であるエルサレムを中心に、神から約束された土地としての特別な意味合いを持ちます。

歴史的にも、聖地は争いの舞台となってきました。特にキリスト教徒にとっては、イエスの生涯に関わる地であることから、11世紀末から13世紀にかけて、イスラム勢力から聖地を奪還しようとする十字軍が複数回派遣されました。19世紀には、聖地内の様々な宗教施設の管理権などを巡る問題が、ヨーロッパ列強間の外交問題（東方問題）に発展し、後にクリミア戦争の一因ともなりました。

現在に至るまで、聖地には数多くの聖なる場所が存在し、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、そして比較的新しいアブラハム系の宗教であるバハイ教を含む多様な信仰を持つ人々にとって、主要な巡礼先となっています。巡礼者たちは、自身の信仰が具体的な形で存在するのを目の当たりにし、共同体の意識の中で信仰を再確認し、聖地と個人的なつながりを感じるためにこの地を訪れます。

各宗教における聖地

ユダヤ教

ユダヤ教では、この地を特にヘブライ語で「エールツ・ハコデシュ」（聖地）と呼ぶことはあまり一般的ではありませんが、神からイスラエルの民に与えられた「約束の地」として極めて神聖視しています。この土地は神との契約と深く結びついており、トーラー（モーセ五書）に記されている多くの戒律（ミツワー）は、この地でのみ実行可能であるとされています。このため、他の土地とは明確に区別されます。例えば、土地は永久に売却してはならないという規定などがあります。また、ディアスポラ（離散）の影響で、祝祭日の遵守などに地域差が生じることもありますが、イスラエルの地は依然としてユダヤ教の中心であり続けています。

ユダヤ百科事典（1906年）によれば、イスラエルの地の聖性は、特に葬儀において顕著ですが、16世紀以降はエルサレム、ヘブロン、ツファット、ティベリアの「四大聖地」に集約される傾向が見られるようになりました。中でも、かつて神殿が存在したエルサレムは群を抜いて重要視されています。世界各地に暮らすユダヤ人の中には、イスラエルの神聖な土地に埋葬されることを強く望む人も少なくありません。伝統的に、アブラハムが息子イサクを神に捧げようとしたモリヤの丘は、後にエルサレムとなった場所であると信じられています。ヘブライ語聖書では「エルサレム」という言葉が669回も登場するなど、その重要性が際立っています。

タルムードにおいても、イスラエルの地への入植は宗教的な義務とされており、土地の購入は非常に重要な行為と考えられています。タルムードには「イスラエルの地をわずかでも歩いた者は、来世への保障を得る」という教えや、イスラエルの地の聖性を思って他の地への旅を断念した賢者の逸話などが記されており、ユダヤ教徒にとってこの地がいかに尊ばれているかが分かります。エルサレム神殿の破壊とそれに続く迫害により、バビロニアなど他の地へ移住したラビたちもいましたが、多くのユダヤ人はイスラエルの地で最期を迎え、そこに葬られることを願っています。イスラエルの地に埋葬されることは、罪が赦されることにつながると信じられています。

キリスト教

キリスト教徒は、ナザレのイエスが誕生し、宣教を行い、受難と復活を経験した「イスラエルの地」を神聖な場所として崇敬しています。イエス自身がユダヤ人であったことから、彼自身もユダヤ教徒としてこの地を神聖視していたと考えられます。福音書や使徒行伝など、キリスト教の聖典には聖地の様々な場所が舞台として登場するため、多くのキリスト教関連書籍には聖地の地図が掲載されています。例えば、16世紀のドイツの牧師ハインリヒ・ビュンティングは、聖地の地理を詳細にまとめた書物を出版しており、旧約聖書や新約聖書の人物の旅路をたどることで聖地の地理を視覚的に表現したと評されています。

イスラム教

イスラム教の聖典クルアーンにおいても、この地域は「アル＝アルドゥル・ムカッダサ（聖地）」あるいは「祝福された地」として言及されています。例えば、預言者ムーサー（モーセ）がイスラエルの民にこの地に入るよう促す場面や、特定の場所が「祝福された」と描写される箇所があります。特にエルサレムは「アル＝クドゥス」（神聖な場所）と呼ばれ、イスラム教において極めて重要です。クルアーンによれば、預言者ムハンマドは一夜にしてメッカの聖なるモスクから「アル＝マスジドゥル・アクサー（至遠のモスク）」へ旅し、そこから天へと昇る奇跡的な体験（ミウラージュ）をしました。この「アル＝マスジドゥル・アクサー」は、多くのハディース（預言者の言行録）においてエルサレムにある現在のアル＝アクサー・モスクであると解釈されており、エルサレムがイスラム教における第三の聖地とされる理由の一つとなっています。ただし、この解釈には多様な見方もあります。また、初期のイスラム教徒が礼拝を行う際の方向（キブラ）は、エルサレムの方向が用いられていましたが、後に神からの啓示を受けて、メッカのカアバ神殿の方向へと変更されました。クルアーンにおける「祝福された地」という表現についても、ダマスカス、パレスチナ、ヨルダンの一部など、より広範な地域、あるいはアシュ＝シャームと呼ばれる地域全体を指すと解釈されることがあります。

バハイ教

バハイ教徒は、その創始者バハオラが晩年を過ごし、最期を迎えた現在のイスラエルのアッコとハイファの地域を聖地とみなしています。バハオラは1868年にオスマン帝国によってこの地に追放され、生涯を終えるまでこの地域に住み続けました。ハイファのカルメル山の斜面には、バハイ教におけるもう一人の重要な人物であるバブの聖廟があり、その周りには壮麗な庭園が広がっています。これらの聖地は、バハイ教の信仰上および運営上の中心であるバハイ世界センターとなっており、世界中からバハイ教徒が巡礼に訪れます。アッコにあるバハオラの廟とハイファのバブの聖廟は、バハイ教における最も重要な巡礼地であり、2008年にはユネスコの世界遺産に登録されました。これらの美しい庭園は、信仰の場であると同時に、多くの観光客にも開かれています。

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