聖母子 (クラナッハ、ブダペスト)

ルーカス・クラナッハ（父）によって1512年頃、または1515年頃に制作された油彩画『聖母子』は、ルネサンス期の宗教画における重要な主題である「授乳の聖母」を描いた作品です。菩提樹板に描かれたこの作品は、ブダペスト国立西洋美術館に所蔵されています。

この絵画は、聖母マリアが幼子イエス・キリストに乳を与えるという、親密で愛情に満ちた瞬間を捉えています。ルネサンス期以降、「授乳の聖母」（Maria lactans）として知られるこの図像は、単なる宗教的な表現にとどまらず、母性の普遍的な象徴としても捉えられてきました。

「授乳」の主題の歴史的背景

「授乳」をテーマとした表現は、古代エジプトの母神イシスと息子ホルスを描いたものに起源を持つとされています。この古代の図像がビザンチン美術に取り入れられ、幼子キリストに授乳する聖母マリア像として表現されるようになりました。ルネサンス期には、この主題は多くの祈念像として制作され、信仰の対象として広く受け入れられるようになりました。

「授乳の聖母」の宗教的意義

「授乳の聖母」は、キリストの人間性を強調する役割を果たします。同時に、信者は聖母の仲介を通して神に祈りが届くと信じており、聖母が授乳する姿は、神の慈愛を象徴する行為であると解釈されてきました。本作において、聖母は鑑賞者へと視線を向け、幼子イエスに愛情を注ぎながらも、信者たちのために神に恩寵を請うという、仲介者としての役割を演じています。

作品の評価と重要性

この作品は保存状態が良いにも関わらず、近年まであまり注目されてきませんでした。同テーマの他の作品がより注目を集めていたためです。しかし近年、学術的な調査によって、本作の絵画層から署名が発見され、クラナッハが制作した「授乳の聖母」の中でも、特に重要な作品であることが明らかになりました。この発見により、この作品はクラナッハの作風を理解する上で欠かせない作品として再評価されています。

また、クラナッハが、アルブレヒト・デューラーが描いた素描「授乳の聖母」に影響を受け、この作品を制作した可能性も指摘されています。このデューラーの素描は、ウィーンのアルベルティーナに所蔵されています。

参考文献

『クラーナハ展500年後の誘惑』、国立西洋美術館、ウィーン美術史美術館、TBS、朝日新聞社、2016年刊行 ISBN 978-4-906908-18-9

外部リンク

ブダペスト国立西洋美術館公式サイト、ルーカス・クラナッハ『聖母子』 (英語)

もう一度検索