聖母子とパドヴァの聖アントニウス、聖ロクス

『聖母子とパドヴァの聖アントニウス、聖ロクス』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1508年頃に手掛けた油彩画です。この作品は、聖母子を中心に、パドヴァの聖アントニウスと聖ロクスという二人の聖人を描いた宗教画であり、ティツィアーノの初期の作品として知られています。

主題

絵画の中心に描かれているのは、幼子イエスを抱く聖母マリアです。その両脇には、カトリック教会の聖人であるパドヴァの聖アントニウスと聖ロクスが配されています。

聖アントニウスは、リスボン出身のフランシスコ会修道士で、文筆と説教に優れた人物です。彼の象徴は、炎、燃える心臓、書物、花が咲いた十字架、そして純潔を表す百合などです。一方、聖ロクスはモンペリエ出身で、ペスト患者の看護に尽力した人物です。彼は自らも疫病に苦しんだとされ、美術作品では、ペストの兆候である大腿の黒斑を示す姿で表現されます。

作品の特徴

画面中央には、緑のカーテンを背景に座る聖母子が描かれています。画面左には聖アントニウスが、右側には聖ロクスが立っています。聖アントニウスは灰色の修道服をまとい、足元には百合の花と書物が置かれています。彼は、幼子イエスの視線を慎み深く避けています。聖ロクスは、杖を持ち、片足を石にかけ、やや前かがみになりながら、幼子イエスに穏やかな視線を向け、太腿の黒斑を見せています。

この作品は、ティツィアーノがジョルジョーネの作品を参考に制作したとされています。特に、ジョルジョーネが1505年頃に制作した『カステルフランコ祭壇画』から、人物のピラミッド型の配置や、建築構造を含む正面からの場面設定、聖母の背景などが影響を受けています。また、顔つきや柔らかなスフマートの表現も、ジョルジョーネの影響が見られます。

ただし、ジョルジョーネの作品が孤高の印象を与えるのに対し、ティツィアーノの作品では登場人物同士が互いに関わり合っている点が特徴的です。聖母子像は、ジョヴァンニ・ベッリーニの『サン・ザッカリーアの祭壇画』に由来し、聖ロクスのポーズは、古代彫刻のアポロン像に影響を受けています。

X線調査によると、制作中に構図が大きく変更されたことが判明しています。当初、幼子イエスの視線は聖ロクスに向けられていましたが、後に聖アントニウスに変更されました。絵画は部分的に未完成の状態で、聖ロクスと幼子イエスはほぼ完成している一方、聖母や背景の緑のカーテン、風景は未完成のままです。

制作年と帰属

制作年については、パドヴァの聖アントニウスが描かれていることから、ティツィアーノがパドヴァに滞在していた1511年頃に制作された可能性が示唆されていましたが、近年では1508年頃に制作されたと考えられています。

長らくジョルジョーネの作品とされていましたが、1904年に美術史家ヴィルヘルム・シュミットがティツィアーノの作品であると提唱しました。現在では、ティツィアーノの初期の作品の一つとして一般的に認められていますが、一部の研究者は依然としてジョルジョーネの作品であると主張しています。また、チャールズ・ホープは帰属を確定的ではないと考え、ポール・ホルバートンはドメニコ・マンチーニの作品である可能性を指摘しています。

来歴

この作品は、かつてアランデル伯爵夫人のコレクションに所蔵されていたとされ、1641年にはナポリのメディーナ・デ・ラス・トレス公爵の所蔵品として記録されています。その後、スペイン国王フェリペ4世に贈られ、エル・エスコリアル修道院に移されました。1839年にプラド美術館に収蔵され、現在に至ります。

この作品は、ティツィアーノの初期の宗教画として、彼の画風の形成過程を知る上で重要な作品です。ジョルジョーネの影響を受けつつも、独自の表現を確立していくティツィアーノの才能が垣間見られる作品と言えるでしょう。

ギャラリー

[画像1]
[画像2]
[画像3]

脚注

[脚注1]
[脚注2]

参考文献

イアン・G・ケネディー『ティツィアーノ』、Taschen（2009年）
ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』高階秀爾監修、河出書房新社（1988年）

外部リンク

* プラド美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『パドヴァの聖アントニウスと聖ロクスの間の聖母子』

もう一度検索