聖母子と髭のない聖ヨセフ

『聖母子と髭のない聖ヨセフ』について

『聖母子と髭のない聖ヨセフ』は、イタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロ・サンツィオによって1506年から1507年にかけて制作された絵画であり、現在はサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に収蔵されています。この作品は、ラファエロのフィレンツェ時代の代表作であり、ウルビーノ公爵のために制作された可能性があります。作品全体には、滑らかな線と調和の取れた色彩が使用されており、記念碑的な崇高さが感じられます。また、人物の柔らかいキアロスクーロが施されており、これはレオナルド・ダ・ヴィンチの影響を示唆しています。

作品の詳細

ラファエロは、室内の場面において、幼いキリストを抱き上げる聖母マリアと、その傍らに立つ杖をついた聖ヨセフという二人の人物を描写しています。特に目を引くのは、ねじれたポーズをとるキリストが、画面の中央に位置している点です。この配置により、聖母とキリストの間には対称的な三角形の構図が形成されており、聖ヨセフは画面の左側に配置されています。

ラファエロは、三人の人物をそれぞれの異なる心理状態で描いています。聖ヨセフは、悲しみを帯びた表情でキリストを見つめ、杖に両手を重ねています。一方で、キリストは受難への恐れを知らない高潔な視線で聖ヨセフを見上げており、聖母は物思いに耽っている様子を示しています。背景のアーチ状の開口部からは、湖畔の風景が望まれ、全体の雰囲気に深みを加えています。

また、この作品は他のラファエロの作品とも関連性があります。聖母がキリストを支える片手の位置や、キリストの手が聖母に触れるモチーフは、『大公の聖母』や『カウパーの小聖母』と共通点が見られます。しかし、本作品では幾何学的構成がより重視されており、聖母の姿勢や表情には固さが見受けられます。背景の構成も静的な秩序を形成しており、観る者に強い印象を与えます。

科学的調査と下絵

エルミタージュ美術館で行われた科学的調査により、ラファエロが描いた下絵の存在が確認され、この作品の創作過程が明らかになりました。初期の下絵がスポルヴェロ技法を使用してカルトンから転写されたことがわかっており、段階的に顔料を付着させる手法が用いられました。聖ヨセフの顔や手に関してはいくつかの変更が加えられており、より明瞭で具体的な表情に仕上げられています。

作品の歴史と帰属

この絵画の来歴は複雑で、17世紀以前のパリのアングレーム公爵のもとで保管されていたことが確認されています。しかし、その後の修復によってラファエロの筆致が損なわれ、大きなダメージを受けることになりました。後にこの作品は、美術コレクターのピエール・クロザのコレクションに入ることになります。1772年には、ロシアのエカチェリーナ2世によってこの絵画が購入され、以来、サンクトペテルブルクに所在しています。

結論

『聖母子と髭のない聖ヨセフ』は、ラファエロの芸術的な才能を示す重要な作品であり、彼の独特なスタイルや技法が表されています。また、作品の来歴や科学的調査を通じて、ラファエロの真筆性についての新たな理解が深まっています。この美術品は、単なる宗教的なテーマにとどまらず、当時の社会や文化の反映をも示す重要な社会的存在となっています。

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