聖母戴冠 (フラ・アンジェリコ、ウフィツィ美術館)

フラ・アンジェリコ『聖母戴冠』：天上の祝祭を描いた初期ルネサンス絵画

1432年頃、イタリアの初期ルネサンスを代表する画家、フラ・アンジェリコによって制作された『聖母戴冠』は、フィレンツェのサンタ・マリア・ヌオーヴァ病院のために描かれた作品です。現在は、フィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されています。この絵画は、聖母マリアの戴冠を主題としていますが、単なる戴冠式ではなく、イエス・キリストが聖母マリアに最後の宝石を冠につけようとする、戴冠直後の瞬間を描いています。この表現は、聖母マリアの戴冠をユリと宝石で飾られたものとして記述した、スウェーデンの聖ビルギッタの幻視に基づいていると考えられています。

神秘的な雰囲気と幾何学的遠近法の放棄

フラ・アンジェリコの同時代の多くの作品とは異なり、『聖母戴冠』は、意図的に幾何学的遠近法を用いていません。この技法の放棄は、絵画が描く天上の世界は、地上の物理法則とは異なる次元であることを示唆しています。金色の背景は中世絵画の伝統を受け継いでいますが、その上に展開する戴冠の場面は、初期ルネサンスの新しい感性を反映した、繊細で力強い表現となっています。聖母マリアとキリストは、金色の背景に浮かび上がるように描かれ、神々しい光に包まれている様子が、鮮やかに表現されています。

群衆と個性

絵画には、聖母マリアとキリストを取り囲むように、40名以上の聖人、天使、祝福された人物が描かれています。これらの登場人物はそれぞれが注意深く描き分けられており、多くは特定の聖人として識別可能です。例えば、絵画の左前方には聖エギディウスが描かれていますが、これはこの作品が安置されていたサンタ・マリア・ヌオーヴァ病院内のサン・テジディオ教会が聖エギディウスに捧げられていたことに由来します。聖エギディウスの顔は、フラ・アンジェリコが所属していたサン・マルコ修道院の修道院長、アントニオ・ピエロッツィをモデルにしている可能性が指摘されています。また、マグダラのマリアをはじめとする女性の聖人や、聖ヒエロニムス、そして音楽を奏でる天使など、様々な人物が、それぞれに個性的な表情とポーズで描かれています。

ロレンツォ・モナコの伝統と独自の表現

『聖母戴冠』の構造や鮮やかな色彩の使用は、フラ・アンジェリコの師であるロレンツォ・モナコの影響を受けていると考えられています。特に、同じくウフィツィ美術館に所蔵されているロレンツォ・モナコの『聖母戴冠』と比較すると、その共通点を見出すことができます。しかしながら、フラ・アンジェリコは師の伝統を踏襲しながらも、独自の神秘的なトーンと、登場人物たちの繊細な描写を通して、独自の表現世界を確立しています。

歴史的背景と関連作品

フィレンツェ国立中央図書館の古文書や、ジョルジョ・ヴァザーリの記述から、『聖母戴冠』がサン・テジディオ教会にあったことが分かっています。さらに、『聖母の結婚』と『聖母の死』を描いたプレデッラ（絵画の下部にある小さな絵画）が、現在フィレンツェのサン・マルコ美術館に展示されています。これらの作品とあわせて、『聖母戴冠』を鑑賞することで、フラ・アンジェリコの芸術世界をより深く理解することができるでしょう。

参考文献

ヌヴィル・ローレ『フラ・アンジェリコ―天使が描いた「光の絵画」』、創元社、2013年
ルチアーノ・ベルティ、アンナ・マリーア・ペトリオーリ・トファニ、カテリーナ・カネヴァ『ウフィツィ美術館』、みすず書房、1994年
ルチャーノ・ベルティ『ウフィツィ』、ベコッチ出版社
Pope-Hennessy, John (1981). Beato Angelico. Florence: Scala
* Cornini, Guido (2000). Beato Angelico. Florence: Giunti.

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