肝盗村鬼譚

『肝盗村鬼譚』：北海道の寒村に潜む、太古の闇と人間の業

朝松健によるホラー小説『肝盗村鬼譚』は、1996年に角川ホラー文庫より刊行された作品です。著者の高校時代、仮題『肝盗村の怪』として書き始められた短編67枚を原型とし、その後、全面的な改稿と増補を経て、現在の長編小説として結実しました。東雅夫氏も解説で「作家・朝松健の原点」と評する本作は、北海道の辺境に位置する漁村・肝盗村を舞台に、独自のオカルト的世界観とクトゥルフ神話的要素を鮮やかに融合させています。

肝盗村の謎：歴史と怪異の交錯

舞台となる肝盗村は、古くからアイヌ語で「シンナイ・トイ」（変わる浜）と呼ばれ、近隣住民からは不気味な噂が絶えませんでした。江戸時代の記録にもその名が残り、明治時代には村の近くで発見された遺跡「正三角形の横穴」を巡り、ミスカトニック大学の調査隊や日本の研究者たちが調査を試みますが、函館大火や不可解な現象に見舞われます。昭和3年には軍による村人検挙と村の大半が焼失する事件が発生し、住職・牧上紫観の死も大きな謎を呼び起こします。その後も、立てこもり事件や不可解な出来事が相次ぎ、肝盗村には、古くからの呪縛が深く根付いていることを暗示します。

物語の展開：故郷への帰還と、明かされる真実

物語は、城南大学の宗教学教授である牧上文弥が、危篤状態の父・蓮観住職の知らせを受け、22年ぶりに故郷の肝盗村へ帰還するところから始まります。東京で学生と不倫関係にあった文弥は、帰郷の道中から奇妙な幻覚や脅迫めいた電話に悩まされます。肝盗村に到着すると、彼は父に瓜二つの村長や、恋人そっくりの従妹・寿美子と出会い、混乱を極めます。一方、文弥の妻・道子や、ライバル視する僧侶・竹実心定も、村で起こる怪異に巻き込まれていきます。

物語が進むにつれて、夜鷹山山頂の古井戸にある遺跡の調査、怪物の出現、村人たちの狂乱、そして文弥の父・蓮観が中心的役割を担う邪教の儀式へと展開していきます。蓮観は、村人たちに憑依し、その正体は古来よりこの地に伝わる邪神を崇拝する妖術師であることが明らかになります。

邪教と怪物：クトゥルフ的要素と日本の伝承の融合

物語には、クトゥルフ神話的な要素と日本の伝承が巧みに融合されています。根本義真言宗という架空の宗教、ヨスという悪神、アメーバ状の怪物「キモトリ」、そして海魔「ストニ」といった、異形のものたちが、肝盗村の闇に潜んでいます。これらの存在は、物語に異質な雰囲気と深淵な恐怖を吹き込みます。また、立川流という日本の歴史に実在した修験道の流派も重要な役割を果たしており、物語に奥行きを与えています。

クライマックス：封印と解放、そして滅亡

物語は、蓮観による邪教の儀式がクライマックスを迎えます。文弥たちは、蓮観の企みを阻止しようとしますが、村は完全に混沌に陥り、大火と怪物たちの襲撃によって滅亡の淵に突き落とされます。文弥、道子、竹実、寿美子といった主要人物たちは、生き残りをかけた戦いを強いられます。物語の最後には、彼らがどのように生き延び、あるいは滅びるのかという、読者の想像力を掻き立てる余韻が残ります。

『肝盗村鬼譚』は、日本の伝統的な恐怖と、クトゥルフ神話を思わせる異形の存在が織りなす、極上のホラー小説です。日本の秘教や伝承を深く理解することで、物語の奥深さをより堪能できるでしょう。

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