胸叩

胸叩（むねたたき）

胸叩は、中世・近世の日本で行われた民俗芸能、大道芸の一種です。上半身を裸にした者が自らの胸を叩き、騒がしく叫びながら家々を巡る門付であり、物乞いの一種とされていました。特に歳末に行われ、「祝い言」を叫んで金品を得るという、一種の予祝芸能でした。冬の季語にもなっています。

歴史と概要

五来重によれば、胸叩の起源は山伏の苦行にあるとされています。室町時代末期の1494年に編纂された『三十二番職人歌合』には、「いやしき身なる者」として鉦叩とともに胸叩が登場します。絵では、粗末な編笠を被り、無精髭を生やした上半身裸の人物が地面に座り込む姿が描かれています。

歌合に載せられた歌には、門付で訪れる家々で「春まゐらむ」（春が来るだろう）と予祝して回る胸叩の様子が詠まれています。五来重は、この時期には胸叩が本来の山伏の苦行としての意味合いを失っていると指摘しています。絵に描かれている腰につけた容器は、鷹狩の際に鷹の餌や弁当を入れる「餌畚」（えふご）です。

節季候との関係

『国史大辞典』では胸叩を「節季候」（せきぞろ）と同一視し、『日本国語大辞典』では「節季候の類」としています。胸叩の唱える「祝い言」に「節季候」があるのは事実ですが、節季候の芸能者は覆面をしているなど、衣装や人数編成が大きく異なっています。『日本国語大辞典』は、胸叩を歳末の物乞いの一種とし、胸を叩きながら「節季候」と唱えて金品を乞う者と説明しています。

『郷土史大辞典』も、中世の胸叩が戦国時代・江戸時代の節季候の前身であると記述しています。しかし、節季候は近世になって登場したものであり、歳末に上半身裸で胸を叩く胸叩は、近世になっても節季候と並行して存在していました。そのため、「胸叩＝節季候の前身」説は、胸叩の大道芸と正月に手を叩く祝言芸との混同ではないかという指摘もあります。

江戸時代の胸叩

江戸時代に入ると、胸叩の門付は盛んに行われました。胸叩たちの芸から『浮世叩』（うきよたたき）という俗謡が生まれ、編笠を被り扇で拍子をとりながら『浮世叩』を歌う門付、およびそれを行う者を指す言葉としても使われるようになりました。

17世紀に現れた芸能集団「乞胸」（こつじき）の先駆的形態が胸叩であるとも言われています。乞胸となった者たちは、元々武士階級の浪人であり、慶安年間に町人階級に下げられた上で非人頭車善七の支配下に入りました。1871年に乞胸の名称は廃止されました。

胸叩は、日本の芸能史において、社会の底辺に生きる人々の姿を映し出す貴重な存在でした。

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