乞胸

乞胸（ごうみね・ごうむね）

乞胸とは、江戸時代に江戸の街で見られた大道芸人の一種です。万歳、曲芸、踊りなど様々な芸を披露し、それによって金銭を乞いました。乞食（物乞い）の一種と見なされ、元侍や町人、あるいは身元不明の者がこの稼業に就きました。

乞胸の身分と支配

乞胸は身分的には町人に属していましたが、実際には穢多頭の弾左衛門の支配下に置かれ、稼業としては非人と同等とされていました。乞胸として活動するためには非人頭から鑑札（許可証）を得る必要があり、老人と障害者を除き、一定額の上納金を納める必要がありました。非人と同じように編笠を被り、門付も行いましたが、非人の職域を侵さないように、後に乞胸の門付は禁じられ、主に広場や路上で芸を披露するようになりました。

乞胸の芸の種類

『乞胸頭家伝』には、以下の12の芸種が挙げられています。

1. 綾取り：竹に房をつけ、それを投げて取る芸。
2. 猿若：顔を赤く染めて芝居をする芸。一人狂言。
3. 江戸万歳：三河万歳の真似をする芸。二人で行う。
4. 辻放下：玉隠し、あるいは手玉を使う芸。
5. 操り：人形を操って見せる芸。
6. 浄瑠璃：義太夫節や豊後節などの節をつけて物語などを語る芸。
7. 説教：昔物語に節をつけて語る芸。
8. 物真似：歌舞伎の口上や鳥獣の鳴き声を真似る芸。
9. 仕形能：能の真似をする芸。
10. 物読み：古戦物語の本などを読む芸。
11. 講釈：太平記あるいは古物語を語り、講釈する芸。
12. 辻勧進：芸のできない者や子供らが、往来に座って金銭を乞うこと。

乞胸の起こり

様々な雑芸を演じてわずかな報酬を得て生計を立てる物乞いは、室町時代末期にはすでに存在していました。『三十二番職人歌合』には、編笠を被り、手で裸の胸を叩く姿が描かれています。胸叩きなど、こうした路上芸が乞胸の起源と考えられています。乞胸という名前の由来については、「先方の胸中の志を乞う」ことから来ているという説があります。芸能に対する羨望と崇敬の念がある一方で、彼らが賤民とされたのは、人の気を引き、金銭を得るために演じる芸能が卑しいという考え方と、彼らの非生産的な生活態度に起因すると考えられています。

歴史

江戸幕府が開府されると、多くの大名家が取り潰され、職を失った浪人が大量に溢れました。長嶋礒右衛門という浪人が、生活に困窮した浪人仲間を集めて寺社の境内や空き地で草芝居や見世物をして生計を立てていました。しかし、非人頭の車善七から手下の生業を邪魔しているとの苦情が入り、慶安年間（1648年～1652年）に、浪人たちは身分を町人に落とした上で、乞胸稼業においては善七の支配下に入るという取り決めがなされました。

善七のもとで、磯右衛門が乞胸頭となり、町人や身元が明らかでない者で乞胸を稼業とする者には「鑑札」を渡し、一人につき毎月18文ずつを徴収しました。乞胸頭は、無許可で大道芸をする者を取り締まり、その世話と管理を行い、浅草溜（善七が管理していた医療刑務所のような施設）で火事が起きた際には囚人の警護も行いました。その後、1843年（天保14年）の天保の改革により、それまで江戸の各所に住んでいた乞胸も、非人同様に幕府によって一か所に集められて住むように命じられました。

明治4年（1871年）の身分解放令によって、乞胸という名称は廃止されました。欧米でのジャポニスムの影響を受け、乞胸たちの芸も海外で好評を博し、開国後の明治から大正にかけて芸人たちの海外渡航が一時的に盛んになりました。しかし、国内ではハレの場から追放され、彼らが育んできた日本の伝統的な大道芸は次第に姿を消していきました。

関連項目

大道芸
願人坊主
女太夫
猿まわし

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