自然塩

自然塩（しぜんえん）

「自然塩」という言葉には、学術的な厳密な定義は存在しません。これは、特定の製法や性質を持つ塩を指すために、ある種の運動を通じて一般に広まった呼称です。

一般的に「自然塩」と呼ばれることが多かった塩には、以下のような特徴を持つものがあります。

にがり成分を多く含む塩
湿り気を帯びた塩
製造工程で加熱処理をあまり行わない塩
岩塩のように自然に結晶が形成された塩
* 塩田を用いて作られた塩

かつては「自然海塩」や「天然塩」といった類似の言葉も用いられました。これらの塩の中には、高度好塩菌を含むものもありますが、これらは味噌など一般的な食品にも存在する菌であり、通常は摂取しても健康への害はありません。ただし、塩漬けなどに使用した場合に、まれに変色の原因となる可能性が指摘されています。

「自然塩」という呼称が広まった背景には、日本の塩製造の歴史における大きな変化があります。

1971年（昭和46年）に施行された「塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法」に基づき、日本専売公社は、工業用途などで需要が高かった、不純物が少なく低コストなイオン交換膜製塩法による塩の製造・販売を進めました。これに伴い、昭和20年代後半から利用されていた流下式塩田が廃止されることになりました。

この国の政策に対し、危機感を抱いた人々の中から反対運動が起こります。松山市の有志らが中心となり「食塩の品質を守る会愛媛支部」（後の日本自然塩普及会）が発足したほか、自然食品に関心を持つ人々や消費者グループ、研究者が集まり「食用塩調査会」（後の日本食用塩研究会）が組織されました。これらの団体は署名活動などを行い、輸入塩ににがり成分を添加するなどの製造方法が認められる道を切り開きました。

また、自然塩の復活を目指す運動を推進していた谷克彦氏は、1976年に大島で太陽光と風力のみで塩を結晶させるタワー式製塩法（後にネット式に改良）を実用化に成功し、日本食用塩研究会を通じて会員に配布を開始しました。こうした活動の中で、従来のイオン交換膜製塩法による塩を「化学塩」と呼び、それと区別するために「自然塩」「自然海塩」「天然塩」といった名称が用いられるようになったのです。この動きは、「伯方の塩」「赤穂の天塩」「海の精」といった銘柄の塩が市場で認められ、販売されるきっかけとなりました。

1997年（平成9年）には塩事業法が施行され、塩の製造・販売に関する規制が大幅に緩和されました。これにより、流下式塩田や揚浜式塩田といった伝統的な製法で作られる塩が日本各地で再び生産されるようになり、いわゆる「自然塩」ブームが起こりました。

しかし、「自然塩」ブームによって家庭用塩の銘柄数が急増する中で、消費者からは「表示が分かりにくい」といった声が寄せられるようになりました。これを受けて、公正取引委員会は2004年（平成16年）7月、実際には外国産の塩を加工しているにもかかわらず、国内で採取したかのような表示を行っていた塩販売業者9社に対し、景品表示法違反（優良誤認）の疑いで警告を発しました。

この事態を受け、2004年（平成16年）9月には東京都が塩業界に対し表示に関する自主ルールの策定を提案しました。この提案を機に、「食用塩公正取引協議会準備会」が発足し、食用塩の適正な表示を目的とした「食用塩の表示に関する公正競争規約」の作成が進められました。

そして、2008年（平成20年）4月18日にこの公正競争規約が認定・施行されました。この規約により、食用塩の表示において「自然塩」「天然塩」およびこれらに類する用語を使用することが、広告や商品説明を含め、全面的に禁止されることになりました。

規約では他にも、例えば深層海水を使用していることで品質が優れていると表示する場合には合理的な根拠を示す必要があること、ミネラルが豊富であるといった栄養強調表示が不当表示となることなどが定められています。

現在、「あらじお（粗塩・荒塩）」や、かつて使われた「天然塩」「自然海塩」といった呼称が一部で使われることもありますが、これらは販売業者が独自に定義しているものであり、学術的に明確な定義がある用語ではありません。消費者は、これらの漠然とした呼称に惑わされることなく、製品の原料や製造方法に関する具体的な表示を確認することが推奨されています。

このように、「自然塩」という言葉は、かつて日本の塩製造の歴史的背景の中で生まれ、特定の製法の塩を指すために広く用いられましたが、表示の混乱や不当表示の問題を経て、現在はその名称表示が法的に禁止されている言葉となっています。

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