至上の愛

至上の愛

『至上の愛』（A Love Supreme）は、不世出のジャズ・サクソフォーン奏者、ジョン・コルトレーンが1964年末に録音し、翌年発表したスタジオ・アルバムです。

ジャズが単なる娯楽音楽から芸術へと変貌を遂げるモダンジャズ時代において、一つの極点を示した作品と位置づけられています。その音楽は、複雑でありながらも圧倒的な独創性と創造性に満ちています。音楽雑誌『ローリング・ストーン』が発表した『オールタイム・ベストアルバム500』では、ジャズ作品としてマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』に次ぐ高位（47位）にランクインするなど、その評価は揺るぎません。

内容と構成

本作は、コルトレーンが自身の信仰心、特に神への感謝と愛を捧げた、全4パートからなる壮大な組曲として構成されています。その楽曲構成は以下の通りです。

1. パート1：承認（Acknowledgement）
2. パート2：決意（Resolution）
3. パート3：追求（Pursuance）
4. パート4：賛美（Psalm）

特にパート3「追求」とパート4「賛美」は、しばしば連続した楽曲として演奏・収録されます。組曲という形式をとることで、単なる楽曲の集合体ではなく、一つの統一されたテーマと物語性を持った作品となっています。

音楽性と背景

作曲にあたり、コルトレーンはユダヤ神秘主義であるカバラの影響を受けたと言われています。また、音楽的なアプローチとして顕著なのが、異なるリズムを重ね合わせる「ポリリズム」の多用です。これは、メロディーや和音、音階を主軸とする西洋音楽の伝統とは異なり、インドやアフリカといった非西洋圏の独特なリズム感覚から大きな影響を受けているとされています。こうした要素を取り入れることで、既存のジャズの枠を超えた、唯一無二の響きを生み出しています。

演奏は、コルトレーンを長年支えた「レギュラー・カルテット」のメンバー、ピアニストのマッコイ・タイナー、ベーシストのジミー・ギャリソン、ドラマーのエルヴィン・ジョーンズによって行われています。彼らの息の合った、かつ力強く情熱的な演奏は、この作品の完成度を決定づける重要な要素となっています。

歴史的意義とその後の影響

『至上の愛』は、コルトレーンが自身の音楽的、精神的な探求において到達した一つの頂点を示す作品と広く認識されています。この作品によって一つの境地に達したコルトレーンは、その後、より自由で抽象的な表現を追求するフリー・ジャズの領域へと活動の場を広げていくことになります。

本作はジャズ史における不朽の金字塔として、後世の多くの音楽家にも多大な影響を与えています。例えば、ギタリストのカルロス・サンタナとジョン・マクラフリンは共同名義アルバムで本作のフレーズを引用したカバーを発表しています。また、ウィル・ダウニングによる歌唱バージョンは1988年にヒットし、エルヴィン・ジョーンズやブランフォード・マルサリスといったジャズ界の巨匠たちも、この作品の全編、あるいは一部をコンサートなどで演奏し、敬意を表しています。

関連リリース

オリジナルのLP盤の他に、貴重な別テイクやライブ音源を収録した拡張盤もリリースされています。

デラックス・エディション（2002年）：2枚組CDとして発売。オリジナル盤に加え、1965年にフランスのアンティーブで行われたライブ録音、そしてスタジオでの別テイクやブレイクダウン音源が収められています。一部の別テイクには、アーチー・シェップやアート・デイヴィスが参加しています。
コンプリート・マスターズ（2015年）：3枚組CDとして発売。オリジナルのステレオ・マスター、モノラル・リファレンス・マスターに加え、レギュラー・カルテットおよび、アーチー・シェップとアート・デイヴィスを加えたセクステット編成でのスタジオ・セッションの音源が詳細に収録されています。
* ライヴ・イン・シアトル（2021年）：これまで未発表だった、1965年10月2日にシアトルで録音された全曲ライブ音源。コルトレーン・カルテットに、ファラオ・サンダース、カルロス・ワード、ドナルド・ギャレットを加えた7人編成による、極めて貴重な演奏を聴くことができます。

これらの関連リリースにより、『至上の愛』が持つ多様な側面や創作過程、そしてライブでの変容を知ることができ、作品への理解をさらに深めることが可能です。ジョン・コルトレーンの精神的・音楽的探求の結晶である『至上の愛』は、時代を超えて聴き継がれるべきマスターピースです。

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