臼井城の戦い

永禄9年（1566年）に下総国（現在の千葉県佐倉市付近）で発生した臼井城の戦いは、戦国時代における後北条氏と上杉氏による関東地方の覇権争いが背景にある衝突の一つです。この争いは関東各地で武力衝突を引き起こしており、臼井城の戦いもその例外ではありませんでした。

戦いは永禄9年正月から始まります。越後国の戦国大名であった上杉謙信（当時の名乗りは輝虎）は、まず下野国佐野方面に軍を進めた後、常陸国へと転じます。そこで、以前上杉軍が攻略したものの小田氏治に奪い返されていた小田城を再び攻め、2月16日には開城させることに成功しました。謙信は城内の人々が自由に売買を行うことを許可しています。

その後、上杉軍は2月中に下総国の北西部へ進軍し、松戸市の本土寺に対して、兵士による乱暴狼藉を禁止する制札を発給しました。さらに3月には船橋大神宮にも同様の制札を出しています。当時の船橋は江戸湾に面した重要な湊であり、多くの物資が集まる繁栄した地域でした。謙信は船橋を掌握することで、軍事行動に必要な食料や兵器などの物資を現地で調達しようとしていたと考えられます。

そして3月20日、上杉軍は後北条氏に味方する千葉胤富の家臣である原胤貞が守る下総臼井城への攻撃を開始しました。当初、上杉勢は戦いを優位に進め、本丸に迫る勢いでした。しかし、城の守りを託されていた原胤貞の軍師である白井入道浄三の巧みな策略や、この戦いでの活躍から「赤鬼」と恐れられるようになった北条方の武将・松田康郷の類まれな武勇によって、戦況は大きく変化しました（これは当時の軍記物である『北条記（相州兵乱記）』や『関八州古戦録』に記されています）。

3月23日には、上杉勢は数千人ともいわれる死傷者を出すほどの損害を被ります。さらに、上杉方に味方していた里見氏や酒井氏の陣地が手薄になってしまい、23日の夜には上杉勢がその空いた陣地に移動することとなりました。このことから、臼井城に対する攻撃の主力は、上杉軍や北関東の諸将だけでなく、里見氏や酒井氏の軍勢も大きな役割を担っていたことがうかがえます。

続く3月24日には、上杉勢の敗北が決定的なものとなりました。上杉軍が撃退された主な要因は、城に籠もって戦った守備側の粘り強く勇敢な抵抗にあったと言えるでしょう。上杉勢は4月半ばになってようやく臼井城から完全に退去しました。

上杉軍の退却には、当時の室町幕府の将軍候補であった足利義昭からの書状が影響した可能性も指摘されています。義昭は3月10日付の書状で、北条氏と和睦して幕府再興のために上洛するよう上杉謙信に要請しており、その使者が臼井まで書状を持参したことが、撤退の一因となったのではないかという見方があります。

臼井城での敗北は、上杉謙信にとって痛手となりました。この戦いを機に、常陸や上野、下野といった各地の諸将が謙信のもとから離れていくこととなり、関東地方を平定するという上杉氏の目標は困難な状況に陥りました。この関東における苦境が、後に北条氏から持ちかけられた越後国と相模国の同盟（越相同盟）の提案を受け入れる要因の一つになったとも言われています。また、謙信がこの戦いで退陣したことにより、以後、北条氏が滅亡するまで千葉氏をその支配下に置くことができたという点でも、この戦いは歴史的に重要な意義を持っています。

敗戦による損害については、当時の史料によって記述に違いが見られます。北条方の記録によれば、上杉軍の撤退が始まると、北条氏政は武田信玄に対し「敵数千人手負死人出来（敵に数千人の負傷者・死者が出た）」と伝えています（『諸州古文書』）。また、足利義氏は臣下の豊前山城守に宛てた書状で「去廿三日大責致し、五千余手負い死人出来せしめ、廿五敗北の段、孚以って肝要御満足に候（去る23日の大攻撃で、5千人以上の負傷者・死者を出させ、25日に敗北した段、誠にご満足に存じます）」と記しています（『豊前氏古文書抄』）。

一方で、上杉方の記録とされる『海上年代記』には「房州人数三百余人打ち死に（里見氏の軍勢で300人余りが討ち死にした）」と記されています。一部の研究では、北条方の史料に見られる数千人という死傷者数は誇張されており、『海上年代記』の記録が実態に近いとする見解もあります。ただし、なぜその数値を誇張と判断したのか、あるいは上杉方の記録が正しいと判断したのか、その論拠が明確に示されていない場合もあります。また、『諸州古文書』や『豊前氏古文書抄』の記録は「手負死人」であり死者と負傷者の合計であるのに対し、『海上年代記』は「討ち死に」のみに限られているという違いも考慮する必要があります。

臼井城の戦いを題材にした作品としては、伊東潤の短編小説「幻の軍師」（『城を一つ』所収）や、簑輪諒の小説『最低の軍師』などがあります。

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