花山院忠長

花山院忠長

花山院忠長（かさんのいん ただなが）は、江戸時代初期から前期にかけての公家で、左大臣・花山院定熙の長男として生まれました。花山院家20代当主であり、官位は従四位上・左近衛少将にまで昇りましたが、波乱に満ちた生涯を送りました。法号は浄屋。

蝦夷地への配流

慶長14年（1609年）7月、忠長は後陽成天皇の女官との密通の罪に問われ、猪熊事件として知られるこの事件により、蝦夷地への配流が決定しました。同年11月10日に京都を出発し、翌慶長15年（1610年）3月1日に上ノ国に到着、花沢館に入りました。

都を離れる際、忠長の父母は粟田口まで見送りに訪れ、人目を憚らずに声を上げて悲しんだと伝えられています。『角田文書』には、その様子が詳しく記されており、忠長自身も「花は根に かえるときけば 我も亦 おなじ若葉の 春をこそまて」という歌を詠んでいます。

松前での生活

慶長15年（1610年）5月、忠長は萬福寺に移り、松前藩から手厚い待遇を受けました。これは、忠長の姉が徳川家康の側室であったことが関係しており、家康から松前慶広に忠長の世話をするよう依頼があったためとされています。忠長は松前に京文化を伝える役割を果たし、その後の文化交流に貢献しました。

慶長17年（1612年）4月には、梅見の宴で「都にて かたらば人の いつはりと いわん卯月の 梅のさかりを」「いつはりと ゑそやいはまし 卯月にも 梅のにほひを 風のをくらば」という歌を詠み、慶広は「わきて今日 大宮人の 詠（なが）れは 梅の匂ひの 猶ふかきかな」と返歌しています。これらの歌は、都を離れた忠長の心情や、松前での生活への想いを表していると考えられます。松前町郷土資料館には、忠長の直筆による「いにしえの 道とはみえて ふるさとの 蓬よもぎが中の 草はえし垣」という歌が記された短冊が所蔵されています。

津軽への移送と赦免

慶長19年（1614年）5月28日、忠長の配流先は松前から津軽へと変更されました。深浦町円覚寺の僧侶・義観は、弘前中学校の教諭であった森林助に宛てた書簡の中で、忠長の流刑時代について触れていますが、詳細な記録は残っていないと述べています。

弘前市出身の学者・外崎覚が森林助に宛てた書簡によれば、忠長は津軽に移った後、最初は黒石、次に高屋村（現弘前市岩木）、最後に弘前本町5丁目に住んだとされています。また、忠長は「御筋目ノ方」と結婚し、娘が生まれたという伝説も残っています。

寛永13年（1636年）に赦免された忠長は出家し、慶安5年（1652年）に京都へ帰洛しました。

逸話

陸奥国の板留温泉（青森県黒石市黒石温泉郷）を訪れた際、川の水と湯が混流して入湯できなかったため、村人が板を集めて湯を留めて入ったという伝承が残っています。これが板留温泉の名の由来とされています。また、江戸時代後期の菅江真澄は、著作『邇辞貴迺波末』（ニシキノハマ）の中で、鰺ヶ沢に滞在中に忠長の古跡を偲んでいます。

系譜

父：花山院定熙
母：不詳
妻：教如娘
男子：公海 - 南光坊天海の弟子
男子：野宮定逸 - 花山院定熙の養子。正二位権大納言、野宮家初代
妻：佐々木氏の女？
女子：名不詳 - 津軽流刑時代に「御筋目ノ方」との間に生まれた。弘前の池田左大夫の妻となったとされる。
生母不明の子女

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