若山美子

若山 美子（わかやま よしこ、後に岡本姓）は、1940年5月19日に生まれ、1973年8月3日に亡くなった日本の登山家であり、彫刻家としても活動しました。

満洲国で水産会社を営む裕福な家庭に育ちましたが、終戦間際に父が応召し、直後にソ連軍の侵攻に直面。一家は避難生活を余儀なくされました。帰国後、長崎での父の事業も失敗し、一家は神奈川県藤沢市へ転居します。経済的な理由から大学進学を断念した若山は、資生堂に就職しました。

就職後、職場の山岳部に入部したことが、彼女の登山家としてのキャリアの始まりです。不慣れな土地での孤独感や内向的な性格もあり、山の魅力に強く惹きつけられます。丹沢、谷川岳、日本アルプスを歩き、次第にロッククライミングに傾倒。そこで非凡な才能を開花させました。

登山に集中するため資生堂を退職した若山は、鎌倉彫を習い始めます。器用さを活かしてすぐに上達し、登山で得たインスピレーションを作品に取り入れるなど、独自のセンスを発揮しました。その彫刻の腕前は趣味の範疇を超え、収入源となり、貴重な登山費用に充てられました。

山岳会を通じて新進の登山家、新倉寿行と知り合い、加藤滝男（加藤保男の兄）が設立した「ジャパン・エキスパート・クライマーズ・クラブ」(JECC)に参加。加藤の指導のもと、谷川岳や穂高岳などで厳しい訓練を積み、実力を磨きました。当時の日本は登山ブームの最中にあり、彼女の才能が開花する土壌がありました。

1967年、JECCの中心人物である今井通子が女性だけのマッターホルン北壁遠征を計画すると、若山もこれに参加。念願だった女性だけのパーティによるマッターホルン北壁登攀に挑むことになります。ジュネーブでのトレーニングを経て、マッターホルンの氷壁を今井と交代しながら42時間かけて登り、7月19日に頂上へ到達しました。これは世界初の女性だけのパーティによる快挙でした。

この功績は日本国内外で大きく報じられましたが、若山は寡黙な性格で、登頂自体が目的であったため、度重なる取材に疲弊しました。帰国時の手記には、メディアの取材攻勢に対する嫌悪感が記されており、マスコミの中には、女性同士の関係性や彼女の寡黙さを不和に結びつけようとする者もいました。この過熱した報道は家族にも及び、母親は深夜まで電話対応に追われたといいます。

メディアへの嫌悪感から、若山は次第にロッククライミングや以前の登山仲間、JECCから距離を置くようになります。今井が登山家として活躍を続ける一方で、若山の山行記録には、集団行動の苦手意識や内気な性格に対する悩みが綴られていました。

1969年には田部井淳子らと「女子登攀クラブ」を設立し、女性によるエベレスト登山を計画。1973年、所属していた山岳会のリーダー、岡本昭二と結婚し、多くの仲間に祝福されました。しかし同年、新婚旅行で訪れたマッターホルンのリオンヌ稜にて、夫と共に滑落し、満33歳でその生涯を閉じました。二人の遺体は寄り添うような姿で見つかったと伝えられています。

若山は生前からその卓越した登攀技術を高く評価されており、共にザイルを結びたいと願う登山家が多く、若いクライマーたちの尊敬を集めていました。彼女の実力を知る人々は、もし生きていれば日本の女性登山史を大きく塗り替えただろうとその死を惜しみました。パートナーだった今井通子も、後に彼女を「天才クライマー」「技術は抜群」「最高のパートナー」と評しています。

没後、田部井淳子は1975年に女性初のエベレスト登頂を果たした際、若山の写真を山頂に埋めました。また、新田次郎の登山小説『銀嶺の人』は、当初今井をモデルとする予定でしたが、若山の存在に惹かれて主人公が二人に変更されたというエピソードと共に、彼女の功績と生涯が描かれています。マッターホルン北壁登頂日である7月19日は、二人の偉業を記念して「北壁の日」とされています。

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