苦い涙 (映画)

映画『苦い涙』(Peter von Kant) 作品解説

フランソワ・オゾン監督による2022年公開のフランス映画『苦い涙』(原題:Peter von Kant)は、ドイツの巨匠、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが1972年に監督した映画『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』を大胆にリメイクした作品です。ファスビンダー自身の戯曲を原作とした同作は、登場人物の性別と職業を変更することで、現代的な解釈を加えています。主人公ペトラ・フォン・カントは、映画監督ピーター・フォン・カントとなり、ファッションデザイナーから映画監督へと職業が変化しました。オゾン監督は、ファスビンダーの自伝的な要素を色濃く反映させた本作において、自身の経験も投影していると語っています。

物語：愛と所有欲の狭間で

舞台は1970年代の西ドイツ、ケルン。成功を収めたものの、失恋の傷を癒せない映画監督ピーターは、献身的な助手カールと共に暮らしています。ある日、ピーターは親友である大女優シドニーから紹介された若き俳優アミールに一目惚れし、アミールをアパートに住まわせ、新作映画の主演に抜擢します。しかし、アミールへの激しい愛と所有欲は、ピーターを次第に狂気に突き動かしていきます。アミールとの関係は、激しい愛憎劇へと発展し、最後はアミールに捨てられてしまうのです。

ピーターの40歳の誕生日には、母親や娘、シドニーが訪れますが、アミールへの未練から口論となり、アミールへの執着が愛ではなく所有欲であったことに気づきます。アミールからの祝いの電話は、実はシドニーの同情からかけられたものだと判明。すべてを失ったピーターは、カールに謝罪しますが、カールはピーターに唾を吐き、アパートを出て行ってしまいます。

孤独に沈むピーターは、アミールの映像を眺めながら、苦い涙を流すのでした。この悲喜劇的な展開は、ファスビンダー原作の悲劇的な結末とは対照的であり、オゾン監督独自の解釈が光る点です。オゾン監督自身も、ファスビンダー作品にユーモアを見出し、それを反映させたと語っています。

キャストと製作

主人公ピーター・フォン・カントを演じるのは、ドゥニ・メノーシェ。ファスビンダーの外見を意識したキャスティングがなされました。イザベル・アジャーニは、親友シドニー・フォン・グラーゼナプ役として、強い存在感を示しています。アミール役には、ハリル・ガルビアが抜擢されています。また、『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』でカリンを演じたハンナ・シグラが、本作ではピーターの母親役として出演しているのも見どころの一つです。

作品の評価

『苦い涙』は、批評家から高い評価を受けています。フランスのメディアの平均点は5点満点中3.6点、Rotten Tomatoesでは高評価76%、Metacriticでは平均点63点を記録しています。アメリカ合衆国の映画監督ジョン・ウォーターズは、本作を2022年のベストシネマ1位に選出するなど、高い評価を得ています。大胆なリメイクでありながらも、ファスビンダー作品への敬意とオゾン監督独自の視点が融合した、見応えのある作品と言えるでしょう。

まとめ

『苦い涙』は、ファスビンダーの傑作を基に、現代的な視点とオゾン監督の独特な感性が融合した、洗練されたリメイク作品です。愛と所有欲、嫉妬、裏切りといった普遍的なテーマを、ユーモアと悲しみを交えて描いた本作は、多くの観客の心に響くことでしょう。登場人物たちの複雑な感情の揺れ動き、そして、悲劇と喜劇が交錯するストーリー展開は、観る者を最後まで魅了し続けます。オゾン監督の才能と、豪華なキャスト陣の熱演が、この作品を傑作に昇華させています。

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