草莽

草莽（そうもう）

草莽（そうもう）とは、もともと、公的な地位や名誉を積極的に求めず、市井（しせい）に暮らしながらも、国が危機に瀕した時などに、祖国への深い想いや忠誠心に基づいて自発的に行動を起こす人々を指す言葉です。

この言葉は日本の歴史において、特に幕末期という激動の時代に、特殊かつ非常に重要な意味合いを持つようになりました。

日本における歴史的展開

江戸時代後期、18世紀も後半に入り、江戸幕府による統治体制が次第に揺らぎを見せ始めると、中央の権力から距離を置いた場所、あるいは直接的な関わりを持たない立場の、有力な農民層や知識階級の人々の中に、自らの立ち位置を「草莽」と捉え、政治に関する意見を表明する者が現れ始めました。彼らは、幕府に直接意見を伝える手段を持たない人々でしたが、当時の社会情勢や政治に対する強い関心を持っていました。

19世紀に入ると、彼らの政治的な活動は一層活発化します。特に、天皇を尊ぶ思想である尊王論や、外国勢力を排除しようとする攘夷論といった思想と深く結びつき、彼らの活動は一層活発化したのです。

そして、1850年代に入り、ペリー提督率いる黒船の来航に象徴される西洋列強からの開国圧力が強まり、日本の国家体制が根底から揺るがされる中で、「草莽」という概念は新たな展開を迎えます。吉田松陰をはじめとする思想家たちは、この未曽有の危機を乗り越えるためには、もはや従来の武士階級だけに頼っていてはならないと考えました。

彼らが提唱したのが、有名な「草莽崛起（そうもうくっき）」の思想です。「崛起」とは立ち上がる、奮起するという意味であり、「草莽」の人々が立ち上がり、国難に立ち向かうべきだという強いメッセージが込められていました。

吉田松陰らの思想における「草莽」は、従来の武士階級だけを指すのではなく、その範囲が大きく拡大されました。有力な農民や商人、地方の武士階級（郷士）といった様々な階層の人々、さらには武士の身分を捨てて故郷を離れた脱藩浪士までを広く含むものとされたのです。

松陰らは、こうした「草莽」こそが、従来の身分制度の枠を超え、積極的に国のあり方について議論し、日本の社会を変革していく原動力となるべきだと力説しました。彼らは、たとえ低い身分であっても、国を思う志があれば、国家の重要な課題について発言し、行動する権利と義務があると考えたのです。

こうした思想の潮流を受け、1860年代に入ると、多くの「草莽」たちが実際に幕末期の政治運動に身を投じていきます。彼らは、外国人排斥を目指す尊王攘夷運動や、江戸幕府を倒そうとする討幕運動の中核的な担い手となっていきました。例えば、長州藩の高杉晋作によって組織された奇兵隊のように、正規の藩士ではない人々（町人、農民、浪士など）を中心に結成された部隊は、まさに「草莽」たちの活躍の典型と言えます。彼らによって結成されたり、彼らが中核を担ったりした様々な部隊や組織（天誅組、生野組、赤報隊など）が、これらの運動の先頭に立ち、幕末の動乱を駆け抜けました。

幕末期における「草莽」たちの活動は、日本の近代化への転換点において非常に大きな役割を果たしました。従来の身分制度に囚われず、強い志を持って立ち上がった彼らのエネルギーが、新しい時代を切り開く強力な原動力の一つとなったのです。彼らは、まさに「国を憂い、身を以てこれに当たる」という言葉を体現した存在と言えるでしょう。

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