天誅組

幕末動乱期の文久3年（1863年）、公卿中山忠光を主将に擁し、尊皇攘夷を掲げた志士たちによって組織された武装集団です。その活動期間は短く、同年8月17日に大和国五條代官所を襲撃して挙兵してから、約40日後の9月下旬に幕府軍の追討を受けて壊滅するまで続きました。この一連の出来事は「天誅組の変」として知られています。

当初、彼らは自らを「皇軍御先鋒」や「五条御政府」などと称していましたが、間もなく一般的に「天誅組」と呼ばれるようになり、後にこの名称が定着しました。「天忠組」と表記される文献も見られますが、いつからこの名が使われ始めたかは明らかではありません。

結成と挙兵

文久3年8月、孝明天皇による神武天皇陵参拝と攘夷親征のための大和行幸が計画され、その詔勅が発せられました。これに呼応した土佐脱藩浪士の吉村寅太郎ら攘夷派浪士約40名は、大和行幸の先鋒となるべく決起。8月14日夜、攘夷派公卿であった前侍従中山忠光を主将として迎え入れ、天誅組が結成されたと考えられています。彼らは伏見から船で大坂へ向かい、堺に上陸した後、河内を経て大和へ進みました。当時の参加者に関する記録によれば、結成時の同志は38名で、そのうち18名が土佐、8名が久留米の脱藩浪士でした。また、淡路島の勤皇家で大地主であった古東領左衛門は、全財産を天誅組の軍資金として提供しています。

8月17日夕方、天誅組は幕府の支配下にあった大和国五条代官所を襲撃。代官の首を刎ね、代官所に火を放ちました。彼らは五条の桜井寺に本陣を置き、五条を天皇直轄地とすることを宣言し、「御政府」あるいは「総裁所」と称しました。これは後に「五条御政府」と呼ばれます。

大義名分の喪失と追討

しかし、挙兵の翌日である8月18日に京都で「八月十八日の政変」が発生。長州藩や攘夷派公卿、浪士たちが京都から追放され、大和行幸は中止となります。これにより、天誅組はその挙兵の大義名分を失い、「暴徒」として幕府から追討される立場となりました。

体制強化と内部の混乱

大義名分を失った天誅組は、本陣を天の辻の要害に移し、「御政府」の名で武器や兵糧を徴発します。吉村寅太郎は五条の医師乾十郎とともに十津川郷に入り、人々に協力を求めました。その結果、野崎主計ら960名に及ぶ十津川郷士を兵力に加えることに成功し、総勢は膨れ上がります。

しかし、急遽集められた十津川郷士は統制が取れておらず、武装も十分ではありませんでした。また、休息や食事も十分に与えられずに戦闘への参加を強いられるなど、士気は低かったとされます。これに対し、玉堀為之進や植田主殿といった十津川郷士の一部は指揮官に抗議しましたが、中山忠光らに疎まれ、敵への内通を疑われて斬首されるという悲劇も起こりました。

戦闘と壊滅への道

天誅組は勢いを駆って高取城を攻撃しますが、少数ながらも銃砲で武装した高取藩兵の反撃に遭い、混乱して敗走します。この敗戦を受けて、三河刈谷藩から参加していた伊藤三弥のように、早々に脱走する者も現れました。この伊藤三弥の脱走は、天誅組の組織としての脆弱さを示す事例として挙げられることがあります。

幕府は諸藩に天誅組討伐を命じ、大軍を動員しました。天誅組は必死に抵抗しますが、主将である中山忠光に十分な指揮能力がなかったこともあり、敗退を繰り返し、徐々に追い詰められていきます。さらに、朝廷から天誅組を逆賊とする令旨が下され、京都に滞在していた十津川郷士の前田雅楽が現地に派遣されて十津川郷士を説得した結果、9月15日には天誅組の主力を占めていた十津川勢が離反を宣言しました。十津川郷士の代表であった野崎は、その責任をとって自害しています。

9月19日、中山忠光は天誅組の解散を命じました。残った隊士たちは伊勢方面への脱出を図りますが、9月24日、大和国東吉野村の鷲家口で幕府軍に捕捉されます。激しい交戦の末、一行は散り散りとなり、吉村寅太郎や松本奎堂をはじめとする多くの隊士が逃亡中に戦死したり、捕縛されたりしました。この鷲家口での戦闘が、組織としての天誅組の最後の戦いとなりました。

幕府軍の包囲網を突破できたのは、池内蔵太や石田英吉など、中山忠光の護衛にあたっていた6名と、伊藤三弥や市川精一郎、平岡鳩平など、追討軍の包囲網が完成する前に離脱していたごく少数の者たちに限られました。伴林光平や水郡善之祐のように、執拗な追跡・捜索の末に捕縛されたり投降したりした隊士の多くは、京都六角獄で処刑されました。どうにか畿内から脱出を果たした中山忠光も、元治元年（1864年）11月15日、長州に潜伏中に刺客によって暗殺されています。

最終的に明治維新まで生き延びることができた天誅組の隊士は極めて少なく、平岡鳩平、石田英吉、伊藤三弥、そして水郡善之祐の息子である水郡英太郎ら河内勢の数名程度でした。彼らの霊は、現在、京都霊山護国神社に祀られています。

編成と構成

五条代官所襲撃後の8月18日に、桜井寺で職制と軍制が定められました。組織の中核は以下の通りです。

- 主将: 中山忠光
- 総裁: 藤本鉄石、吉村寅太郎、松本奎堂
- 御用人: 池内蔵太
- 監察: 吉田重蔵、那須信吾、酒井伝次郎
- 銀奉行: 磯崎寛
- 砲隊伍長: 安岡直行
- 参謀兼記録方: 伴林光平
- 小荷駄奉行: 水郡善之祐

その他、槍隊や鉄砲隊などが編成され、総勢は1000人余りに及びました。組織の指揮は脱藩浪士が執り、隊士の主体は十津川郷士でした。浪士は土佐藩や久留米藩の出身者が中心で、隊士の身分は郷士、庄屋、神官、僧侶など様々でした。年齢層は13歳から46歳までと幅広く、特に20歳代の若者が多くを占めていました。主将の中山忠光も当時19歳でした。

装備は、狭山藩をはじめとする河内地方の各藩から徴発したゲベール銃、槍、弓矢、刀などでしたが、全体的に非常に貧弱だったと考えられています。また、松の木をくり抜いて木製の大砲を十数門製作しましたが、まともに発火せず、全く実戦では役に立ちませんでした。

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