荒勝文策

荒勝文策

荒勝 文策（あらかつ ぶんさく、1890年3月25日 - 1973年6月25日）は、日本の物理学者であり、原子核物理学の分野で多大な貢献をしました。京都大学名誉教授であり、理化学研究所の仁科芳雄、大阪帝国大学の菊池正士と共に、日本を代表する原子核物理学者として知られています。戦時下には、大日本帝国海軍のF研究の主要人物として、日本の原子爆弾開発にも関わりました。その功績から、紫綬褒章、従三位勲二等旭日重光章を受章しています。兵庫県印南郡的形村（現姫路市的形町）出身。

来歴

荒勝文策は、御影師範学校（現在の神戸大学国際人間科学部）を経て東京高等師範学校を卒業後、佐賀県で教職に就きました。その後、京都帝国大学理科大学物理学科に入学し、1918年に卒業。講師・助教授として教鞭を執り、1926年には台北帝国大学教授に内定します。台北帝大開学までの2年間はヨーロッパに留学し、ベルリン・チューリヒでアインシュタインやボーテの薫陶を受け、イギリス・ケンブリッジ大学のキャヴェンディッシュ研究所ではラザフォードに師事しました。帰国後、1928年に台北帝国大学教授、1936年に京都帝国大学教授に就任。1928年には京都大学より理学博士の学位を取得しています。学位論文は「Self reversal lines of lead in explosion spectrum and the series relations in them（鉛の爆發スペクトルに於ける線の反轉）」です。

研究業績

荒勝文策は、原子核物理学の分野で数々の先駆的な研究を行いました。台北帝国大学教授時代の1933年には、アジアで初めてコッククロフト・ウォルトン型加速器を製作し、原子核人工変換の実験を成功させました。この加速器の建設費は、製糖会社への湿潤地改良コンサルタント料から賄われたといいます。

1939年には、ウランの核分裂によって新たに生じる中性子の数をカウントし、ほぼ正確な数字2.6（現在では2.5とされています）を得ました。これは、当時の物理学における最先端の研究であり、世界中の研究者が同様の実験に取り組む中で、最も優れた成果の一つと評価されています。また、世界に先駆けてウラニウムやトリウムの光核分裂に関する研究も行いました。

原子爆弾開発への関与

1941年5月、荒勝文策は日本海軍から原子核分裂の技術を用いた爆弾の開発を依頼されました。これは、アメリカの原爆開発開始とほぼ同時期であり、日本の原爆開発における重要な一歩となりました。この計画には、湯川秀樹らも参加していました。一方、日本陸軍は理研の仁科芳雄に原爆の開発を依頼し、「海軍-京大」「陸軍-理研」という2つの研究開発が並行して進められました。しかし、日本の工業力や人的資源の制約から、これらの計画は基礎段階で打ち切られることとなりました。

広島に原爆が投下された後の8月10日、荒勝文策は広島入りし、大本営が開いた会議に仁科芳雄らとともに出席。新型爆弾が原爆であると結論付けられました。同日夜に京都に戻り、持ち帰った土壌サンプルからベータ線を測定。8月13日には再び広島でベータ線の特性を調査し、8月15日には土壌の強い放射能などのデータから、広島の被害が原子爆弾によるものであるという報告を海軍に提出しました。この報告には、「核分裂ヲオコセル『ウラニウム』ハ約1kg」という分析結果があり、ほぼ正確に実態を把握していました。この報告によって、日本側は科学的な裏付けに基づいて原爆投下を確信することになったのです。

戦後の活動

戦後、GHQの指示により、京都帝大荒勝研究室のサイクロトロンは解体され、琵琶湖に投棄されました。同様に、理研や大阪帝大のサイクロトロンも廃棄されたため、日本の原子核物理学の実験的研究は大きく遅れることとなりました。荒勝文策の研究ノートや資料もGHQによって接収され、ウラン・重水などの提出も求められました。

研究手段を奪われた荒勝文策は、1950年に京都大学を定年退官し、甲南大学の初代学長に就任。研究室の後任教授には木村毅一が就任しました。また、湯川秀樹のノーベル物理学賞受賞を記念して京都大学に基礎物理学研究所を設立する際、中心的な役割を果たしました。

1961年には紫綬褒章を受章。1965年には叙勲三等授旭日中綬章、1973年には叙従三位、叙勲二等授旭日重光章を受章しました。

長男の荒勝巌は水産庁長官を務めました。また、堀場製作所の創業者である堀場雅夫は、京都帝大で荒勝の研究室に所属し、サイクロトロン実験用の計数器の製作に携わったといいます。

荒勝文策は、日本の原子核物理学の発展に大きく貢献しただけでなく、教育者としても多くの人材を育成しました。その功績は、日本の科学史に深く刻まれています。

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