葛木渡船

葛木渡船（かつらぎとせん）

愛知県愛西市を流れる雄大な木曽川に、かつて地域の重要な交通手段として存在したのが葛木渡船です。正式名称は「愛知県営葛木渡船場」。川を挟んで東西を結ぶ渡し舟として、長年にわたり人々の往来を支えましたが、時代の流れとともにその役目を終え、2011年（平成23年）3月30日をもって廃止されました。

この地に渡しが生まれた背景には、木曽川の複雑な歴史があります。江戸時代以前、現在の葛木渡船があった場所は、洪水から集落を守るための堤防に囲まれた「立田輪中」の内部にあり、木曽川の東岸地域とは陸続きでした。当時、立田輪中のすぐ西側を流れていた木曽川には、尾張国葛木村と美濃国森下村を結ぶ伝統的な「葛木の渡し」が存在していました。

明治時代に入り、大規模な治水事業である木曽三川分流工事が実施されると、地形は大きく変化しました。立田輪中の西側が掘削され、現在の新木曽川の流路が作られたのです。これにより、かつての立田輪中内は木曽川と長良川に挟まれた「中堤」として利用されることになり、結果として葛木村の東西が川によって分断されることになりました。葛木渡船は、この分断された葛木村内の往来、さらには岐阜県側への連絡手段を確保するために開設された渡し舟です。

当初、葛木渡船は民間によって運営されていました。その後、愛西市葛木町の住民で組織された葛木渡船運営組合に運航が委託される形となりました。そして、1956年（昭和31年）からは愛知県の管理下に置かれ、「愛知県営」となりました。廃止される直前には、愛知県道津島立田海津線の一部として位置づけられており、運営費用はすべて愛知県が負担し、利用者は無料で乗船することができました。

時代の変化、特に橋梁の整備などにより、渡し舟の必要性は次第に薄れていきました。そして、2011年3月30日、葛木渡船はその歴史に幕を閉じました。現在、この場所でかつての渡し舟の雰囲気を伝えるものとしては、愛西市観光船「葛木丸」が運航されており、渡し舟の記憶を今に伝えています。

葛木渡船の周辺には、木曽川を渡る多くの交通路が整備されています。下流側には湾岸木曽川橋（伊勢湾岸自動車道）、木曽川大橋（国道23号）、尾張大橋、近鉄名古屋線やJR関西本線の木曽川橋梁、木曽川橋（東名阪自動車道）、立田大橋などが位置し、上流側にはかつて日原渡船（葛木渡船と同時期に廃止）があり、さらに東海大橋へと続いています。これらの橋梁が、現代における木曽川を渡る主要な交通網を形成しています。

葛木渡船は、木曽川の治水事業と地域の発展の中で生まれ、公営化されて地域の足となり、そして役目を終えた、近代における日本の渡し舟の歴史の一端を示す貴重な事例と言えるでしょう。

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