蒸気船ウィリー

『蒸気船ウィリー』（原題：Steamboat Willie）は、1928年 11月18日にアメリカ合衆国で初めて公開された、ウォルト・ディズニー・プロダクション制作の短編アニメーション作品です。本作は、現在まで続くミッキーマウスを主人公とする短編映画シリーズにおいて、記念すべき最初に一般公開された作品として位置づけられています。

歴史的意義と制作背景

しばしば世界初のトーキー（音声つき）アニメーション作品と紹介されることがありますが、厳密にはそれ以前にも音声つきアニメは存在していました。実際、マックス・フライシャーのインクウェル・スタジオによる『ソング・カー・テューンズ』（1924年-1927年）やポール・テリーの『ディナー・タイム』（1928年）といった作品が、本作に先立って音声つきで制作されています。

しかし、『蒸気船ウィリー』の真価は、映像と音声を完璧に同期させる「サウンドトラック方式」を世界で初めてアニメーションに採用した点にあります。これは当時のアニメーション制作における技術的なブレークスルーであり、その後のアニメーション表現に大きな影響を与えました。

作品誕生の背景には、ウォルト・ディズニーがそれまで手掛けていたキャラクター「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット」の版権を配給会社に奪われたという出来事があります。この経験から、ウォルトは自身が著作権を完全に管理できる新たなキャラクターを必要とし、信頼するアニメーターであるアブ・アイワークスと共に「ミッキーマウス」を考案しました。当時の主流はサイレント映画であり、当初ミッキーを主役にしたサイレント短編が数本制作されましたが、配給会社からの良い反応は得られませんでした。

しかし、1927年に世界初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』が公開され成功を収めたことで、トーキー映画が時代の主流になると確信したウォルトは、既に制作が進んでいたサイレント版『蒸気船ウィリー』を、急遽トーキー作品として作り直すことを決断しました。この挑戦的な試みは成功し、ニューヨークのコロニー・シアター（現在のブロードウェイ・シアター）で封切られると、プレスや観客から熱狂的な支持を受け、映像と音声が見事にシンクロしたその革新的な手法が高く評価されました。この大成功こそが、ウォルト・ディズニー・カンパニーが後のアニメーション帝国を築く上での揺るぎない基盤となったのです。

デビュー作としての位置づけ

多くの人にミッキーマウスとミニーマウスのデビュー作として認識されており、公開日の11月18日は彼らの「スクリーンデビューの日」とされています。技術的には本作より前に制作された『プレーン・クレイジー』や『ギャロッピン・ガウチョ』にも二人は出演していますが、劇場公開されたのは本作が最初でした。

あらすじ

物語は、蒸気船の操舵室で陽気に口笛を吹きながら船を操るミッキーの姿から始まります。しかし、無許可で操縦していたため、船長のピートに叱られてしまいます。港に到着した船は、ミッキーの手伝いで牛や七面鳥などの家畜をクレーンを使って積み込み出港しますが、遅れて駆けつけたミニーが船に乗り遅れてしまいます。ミッキーは機転を利かせてクレーンでミニーを救い上げますが、その拍子にミニーが持っていた楽譜や楽器が散乱し、それを山羊に食べられてしまいます。ところが、不思議なことに山羊は食べたものが体内で音楽となり、まるでオルゴールのようになります。これに気づいたミッキーとミニーは、山羊の尻尾を回して鳴き出す音楽に合わせて、周りにいる様々な動物たち（猫、アヒル、豚、牛など）を楽器代わりにして賑やかに演奏を始めます。しかし、あまりに騒ぎすぎたため、再びピートに叱られ、罰として大量のジャガイモの皮むきを命じられます。窓からミッキーの姿を見て嘲笑するオウムに腹を立てたミッキーは、ジャガイモを投げつけてオウムを船外に突き落とし、溜飲を下げるのでした。

制作スタッフとキャスト

製作・監督はウォルト・ディズニー自身が務めました。作画にはアブ・アイワークス、レス・クラークらが参加しています。また、劇中に登場するミッキー、ミニー、ピートなど、ほぼ全てのキャラクターの声は、ウォルト自身が一人で演じています。

著作権とパブリックドメイン

制作国であるアメリカ合衆国では、著作権法の保護期間延長措置により、本作の著作権は2023年12月31日まで保持されました。そして2024年1月1日をもって保護期間が満了し、パブリックドメインとなりました。これを受け、本作に登場する初期デザインのミッキーマウスをテーマにしたホラー映画やホラーゲームなどが、相次いで制作・発表されています。

一方、日本国内の著作権法においては、公開後50年と戦時加算の期間を含めても既に60年以上が経過していたため、1989年5月の時点で既にパブリックドメインとなっていました。このため、2000年代以降、複数の会社からパブリックドメイン版のDVDなどが発売されています。

なお、本作で初登場したミッキーマウスやミニーマウスというキャラクター自体は、ウォルト・ディズニー・カンパニーによって商標登録されており、商品の目印として使用する行為は商標権侵害にあたります。しかし、著作物の題号としてキャラクター名を含めることは商標権の侵害には該当しないため、例えば「ミッキーマウスが登場するホラー映画」といったタイトルの作品を販売することは自由に行うことができます。

カットされたシーン

現在流通している一部のビデオソフトには、作品の一部シーンがカットされているバージョンが存在します。これは、ミッキーが動物の鳴き声などを使って楽曲「オクラホマミキサー」（わらの中の七面鳥）を演奏するシークエンスの中で、母豚の乳を吸う仔豚を振り回したり、蹴飛ばしたりしてその鳴き声で音楽を奏でるという、現代の基準では不適切と判断されかねない描写の部分です。カットされたバージョンでは、BGMが不自然に途切れないよう編集が施されています。ただし、『ミッキーマウス／B&Wエピソード Vol.1 限定保存版』、動画配信サービス『ディズニープラス』、『セレブレーション! ミッキーマウス』などのメディアでは、このカットされていないシーンを含む完全版を視聴することが可能です。

日本での公開など

日本では、1930年5月19日に封切られました。公開当時は、ギャング映画『Gang War』（邦題：ギャング・ワー）の併映作品として上映されました。

本作の原題である『Steamboat Willie』、そしてその内容は、1928年に公開されたバスター・キートン主演のサイレント映画『Steamboat Bill, Jr.』（邦題：キートンの蒸気船）のパロディとなっています。ちなみに、『キートンの蒸気船』のタイトルも、1910年代に流行した楽曲「Steamboat Bill」にちなんでおり、この楽曲は『蒸気船ウィリー』の冒頭でミッキーが口笛で演奏している曲でもあります。

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