蔦 (橘型駆逐艦)

駆逐艦「蔦」：戦火と平和の狭間を生き抜いた艦の生涯

日本海軍の駆逐艦「蔦」は、その名のとおり植物の蔦に由来する艦名を持つ、橘型（改松型）駆逐艦3番艦です。横須賀海軍工廠で建造され、1944年12月25日に竣工しました。艦名「蔦」は、樅型駆逐艦にも同名の艦が存在しており、2代目にあたります。

竣工後、「蔦」は訓練部隊である第十一水雷戦隊に編入。瀬戸内海への回航中、対空戦闘を経験します。その後、第三十一戦隊第五十二駆逐隊に所属し、佐世保や呉で待機しました。

特筆すべきは、回天搭載艦への改装です。1945年6月以降、呉で回天搭載艦に改装され、「竹」「榧」「槇」「桐」など同型艦とともに山口県屋代島へ移動。終戦を迎えるまで、そこで擬装したまま待機しました。終戦後の1945年10月5日には除籍となります。

しかし、「蔦」の役目はそこで終わりませんでした。1945年12月1日、特別輸送艦に指定され、復員輸送に従事します。その後、日本軍の賠償艦として1947年7月31日に中国に引き渡され、「接九号」と仮命名されたのち、「華陽（ファヤン）」と改名されました。

中華民国海軍に所属することとなりましたが、艦齢や状態の悪化により、再武装や本格的な任務には就かず、事実上の予備艦として過ごしました。国共内戦中の1949年5月には上海を脱出し、台湾の馬公に到着しますが、翌1950年には退役、解体される運命を辿りました。解体された「蔦」の一部は、同型艦の「信陽」（元「初梅」）に流用されたと伝えられています。

「蔦」の艦長として、艤装員長から駆逐艦長に昇進した國谷正信中佐/大佐が知られています。彼の指揮下で「蔦」は激動の時代を生き抜きました。

興味深いのは、竣工から除籍まで「蔦」に乗艦していた相沢忠洋という水兵の存在です。復員後、彼は考古学者となり、日本の考古学界に貢献しました。彼の経験は、「蔦」という艦の歴史と、個人の人生がどのように交差するかを示す、一つの象徴と言えるでしょう。

「蔦」の艦歴は、単なる軍艦の歴史にとどまりません。戦争、占領、そして平和への移行という、激動の時代を象徴する物語であり、人々の運命と深く結びついた、歴史の縮図と言えるでしょう。その短いながらも波乱に満ちた生涯は、私たちに多くのことを語りかけてきます。

参考文献

相沢忠洋『岩宿の発見 -幻の旧石器を求めて-』（講談社 1969年、1979年再版）
海軍歴史保存会『日本海軍史 第7巻』第一法規出版、1995年
片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』光人社、1993年
田村俊夫「中国に引き渡された日本の賠償艦艇全34隻の足取」『帝国海軍 真実の艦艇史2』学習研究社〈歴史群像太平洋戦史シリーズ 51〉、2005年
外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年
米澤健次「歴史発掘 中国へ渡った日本軍艦」『世界の艦船』第487集　P.152~155（海人社、1994年）
歴史群像編集部 編『松型駆逐艦』学習研究社〈歴史群像 太平洋戦史シリーズ 43〉、2003年11月
アジア歴史資料センター（公式）（防衛省防衛研究所）
『昭和19年6月1日～昭和20年6月30日　第11水雷戦隊戦時日誌（6）』。JACAR:C08030127900。
『昭和19年6月1日～昭和20年6月30日　第11水雷戦隊戦時日誌（7）』。JACAR:C08030128000。

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