虎拳

虎拳（とらけん）

虎拳は、日本の伝統的な遊戯の一つで、特に宴席などで行われるお座敷遊びとして知られています。囃子歌に合わせて行われることから、親しみを込めて「とらとら」とも称されます。この遊びは、互いの姿が見えないように仕切られた複数の部屋を用い、「虎」「老婆」「鉄砲」という三つの役柄を演じ分ける点に大きな特徴があります。

遊び方とルール

虎拳は、比較的大規模な準備を必要とする拳遊びです。通常、襖などで区切られた複数の部屋（一般的には3部屋）と、参加者が身につけるための「虎の毛皮」「女物の衣裳（老婆の象徴）」「鉄砲」といった小道具や扮装セットが最低2組必要となります。

遊びは、参加者がそれぞれ異なる部屋に入り、相手には知られないようにいずれか一つの役柄（虎、老婆、鉄砲）の扮装や小道具を準備して待ちます。準備が整ったら、合図とともに襖を開け、姿を現します。この際に相手がどの役柄で登場するかわからないという意外性が、遊びの面白さの一つです。

勝敗は、登場した役柄の組み合わせによって決まる「三すくみ」のルールに基づきます。その関係性は以下の通りです。

1. 虎は老婆に勝つ: 獰猛な虎が弱い老婆を襲う様を表現します。
2. 老婆は鉄砲に勝つ: これは、鉄砲を持った武将（後述）にとって、自身の老いた母親が唯一打ち負かすことのできない存在である、という物語的な背景に基づきます。
3. 鉄砲は虎に勝つ: 鉄砲（あるいは武将）が虎を退治する様を表現します。

この三すくみの関係によって、虎 > 老婆 > 鉄砲 > 虎 という循環する優劣が成立し、同じ役柄同士の場合は引き分けとなります。

現在の主流と面白さ

現代において花街などで楽しまれている虎拳は、必ずしも本格的な扮装セットを用いるばかりではありません。多くの場合、部屋の仕切りとして屏風が用いられ、登場する役柄は身振り手振りで表現されます。

虎: 四つん這いになって虎の動きを模倣します。
老婆: 杖を突くような仕草で、腰をかがめた老婆の姿を表します。
* 鉄砲（武将）: 腰に拳を当て、威厳のある武将の立ち姿や構えを表現します。

屏風の陰に隠れて身振り手振りの準備をし、ぱっと屏風から姿を現す際の、相手の予想を裏切る格好をしている面白さが、この遊びの醍醐味となっています。

歴史と由来

虎拳の三すくみのルールや役柄の背景には、日本の古典芸能である浄瑠璃が深く関わっています。特に、近松門左衛門によって書かれた人形浄瑠璃の代表作である『国性爺合戦（こくせんやかっせん）』に登場する人物やエピソードが、虎拳の起源とされています。

『国性爺合戦』では、和藤内（わとうない）という人物が、自分の父方の中国人の血と母方の日本人の血を受け継ぎ、明朝復興のために活躍する物語が描かれます。作中には、和藤内が故郷に置き去りにしてきた日本の母（老婆）を捜し求め、その途中で出会った虎と戦う場面などがあります。

虎拳の三すくみ、すなわち虎が老婆を襲い、その虎を和藤内（鉄砲/武将）が打ち破り、そして老婆が息子の和藤内に勝つ（つまり、息子は母親に逆らえない、という意味合い）という関係性は、まさにこの『国性爺合戦』における虎、和藤内の母、そして和藤内の間の力関係やエピソードを遊びのルールとして取り込んだものと考えられています。

地域による違い

虎拳における「鉄砲」や「武将」の役柄については、地域によって多少のバリエーションが見られます。例えば、京都の祇園などでは、虎退治の話といえば加藤清正を連想する人が多いことから、鉄砲を持つ武将として加藤清正が想定される場合もあるとされます。

このように、虎拳は単なるジェスチャーゲームではなく、日本の古典文学に由来する物語性を背景に持ち、扮装や身振り手振り、そして意外性といった要素が組み合わされた、伝統的で華やかなお座敷遊びとして現代に伝えられています。

参考文献：渡辺憲司『祇園のしきたり』青春出版社、2009年

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