衣通姫伝説

衣通姫 伝説：禁断の愛と悲劇

衣通姫伝説は、『古事記』と『日本書紀』に記された古代日本の物語です。特に『古事記』では、ヤマトタケル伝説と並ぶ重要な物語として位置づけられています。この物語は、允恭天皇の皇子である木梨軽皇子と、その同母妹である軽大娘皇女の悲恋を中心に展開されます。二人の禁断の愛と、それに伴う皇位継承争いが、この伝説を彩る重要な要素です。

物語の始まり：美しい兄妹

允恭天皇の御世、木梨軽皇子と軽大娘皇女という兄妹がいました。彼らの母方の叔母である八田王女は、その美しさから「衣通姫」と呼ばれていました。軽大娘皇女もまた、叔母に劣らず美しかったため、同じく「衣通姫」と呼ばれていました。当時の日本では、異母兄妹間の婚姻は認められていましたが、同母兄妹間の情愛は禁忌とされていました。これは、当時の価値観として子供は母に属すると考えられていたためと考察されています。

しかし、木梨軽皇子は同母妹である軽大娘皇女に恋心を抱き、二人はやがてその思いを遂げてしまいます。この時、木梨軽皇子が詠んだとされる歌が残っています。

小竹葉に　打つや霰の　たしだしに

率寝てむ後は　人は離ゆとも　愛しと

さ寝しさ寝てば　刈薦の

乱れば乱れ　さ寝しさ寝てば

この歌は、人目を気にせず愛し合う二人の情熱と、その後の破滅的な結末を暗示しているかのようです。この歌は後世に「夷振の上歌」と称されました。

発覚と流刑

ある朝、允恭天皇が食事を摂ろうとしたところ、汁物が凍りついていました。これは不吉な兆候だと考えた天皇が占わせたところ、「身内に良くないことが起こっている」と告げられます。これにより、二人の関係は公となり、木梨軽皇子の立場は急速に悪化します。

群臣の支持は弟である穴穂皇子（後の安康天皇）に移り、允恭天皇の崩御後、木梨軽皇子は皇位を継承することができませんでした。失意の中、木梨軽皇子は穴穂皇子を討とうとしますが、逆に捕えられてしまいます。この時、木梨軽皇子は以下の歌を詠みました。

天だむ　軽の乙女　いた泣かば　人知りぬべし

波佐の山の鳩の　下泣きに泣く

天だむ　軽の乙女　したたにも

寄り寝てとおれ　軽乙女とも

この歌には、妹への深い愛情と、彼女を気遣う優しさが感じられます。

その後、木梨軽皇子は四国伊予へ流罪となります。流刑地へ向かう際、彼は「必ず戻ってくる」と妹に告げ、以下のような歌を残しました。

天飛ぶ　鳥も使ひぞ　鶴が音の

聞こえむ時は　我が名問はさね

この三首の歌は「天田振」と総称され、妹への深い愛情と気遣いが込められています。

一方、軽大娘皇女も兄を想い、以下の歌を贈りました。

夏草の　あひねの浜の　蠣貝に

足踏ますな　明かして通れ

これは、兄の身を案じる妹の優しい気持ちが表れています。

再会と悲劇

兄を待ち続けた軽大娘皇女は、やがて「もう待っていられない」と、自ら兄を訪ねることを決意します。その時の気持ちを、彼女は歌に託しました。

君が行き　気長くなりぬ　やまたづの

迎へは行かむ　待つには待たじ

苦労の末、兄と再会した軽大娘皇女を、木梨軽皇子は喜び、以下の歌を詠みました。

こもりくの　泊瀬の山の　大峰には

幡張り立て　さ小峰には

幡張り立て　大峰よし　仲定める

思ひ妻あはれ　槻弓の　臥やり臥やりも

梓弓　起てり起てりも　後も取り見る　思ひ妻あはれ

こもりくの　泊瀬の河の

上つ瀬に　斎杙を打ち

下つ瀬に　真杙を打ち

斎杙には　鏡をかけ

真杙には　真玉をかけ

真玉如す　我が思ふ妹

鏡如す　我が思ふ妻

ありと言はばこそよ　家にも行かめ　国をも偲ばめ

この歌は、再会を喜び、愛し合う二人の心情を鮮やかに描いています。しかし、二人の再会は束の間であり、やがて二人は自害し、物語は幕を閉じます。

『日本書紀』の記述

『日本書紀』では、衣通姫伝説について、軽皇子と軽皇女の相姦が発覚し、軽皇女が伊予に追放されたと記されています。また、木梨軽皇子が自害したことも触れられています。

伝説の解釈

衣通姫伝説は、後世に脚色されたフィクションであるという説が有力です。物語に登場する歌も、別人が詠んだ可能性が高いとされています。また、二人が同母兄妹であったという確証もありません。

この物語には、近親相姦のタブー、権力争い、そして愛と悲劇という普遍的なテーマが含まれています。木梨軽皇子が罪に問われた理由は、近親相姦だけでなく、衣通姫の巫女としての処女性を奪ったことが原因であるという説もあります。また、皇位継承争いに敗れた木梨軽皇子の悲劇を物語化したものであるという解釈もあります。

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