衣通姫

衣通姫（そとおりひめ、そとほりひめ、そとおしひめ）は、古代日本の歴史書である『古事記』と『日本書紀』に登場する、伝説的な女性です。その名の由来は、彼女の類まれな美しさが衣を通して輝くほどであったと伝えられることにあります。彼女は本朝三美人にも数えられ、また優れた歌人でもあったため、和歌三神の一柱としても崇められています。

しかし、衣通姫の人物像は『古事記』と『日本書紀』の間で大きく異なります。

古事記における衣通姫

『古事記』では、衣通姫は允恭天皇の皇女である軽大郎女（かるのおおいらつめ）と同一人物として描かれています。彼女は同母の兄である軽太子（かるのひつぎのみこ）と禁断の恋に落ち、その結果、允恭天皇の崩御後に軽太子は失脚し、伊予へと流刑されます。衣通姫は、愛する兄を追って伊予に赴き、二人は再会を果たしますが、悲劇的な結末を迎えます。この物語は「衣通姫伝説」として知られ、後世に語り継がれています。

日本書紀における衣通姫

一方、『日本書紀』では、衣通姫は允恭天皇の皇后である忍坂大中姫の実妹・弟姫（おとひめ）として登場します。彼女は、その美貌から允恭天皇に深く寵愛されます。天皇は、近江坂田（現在の滋賀県米原市）に住む彼女を都に迎え入れようとしますが、衣通姫は実姉が皇后であることを理由に入内を固辞します。しかし、天皇の使者である中臣烏賊津が七日間も庭に平伏したため、最終的には入内することになります。しかし、姉である皇后との関係を考慮し、衣通姫は天皇の宮とは別の、大和の藤原宮（現在の奈良県橿原市）に住むことになります。

その後、皇后が雄略天皇を出産した際に、允恭天皇が衣通姫のもとに通っていたことが発覚し、夫婦関係が悪化。衣通姫は、天皇の宮からさらに遠い場所への移住を願い出て、河内の茅渟宮（ちぬのみや、現在の大阪府泉佐野市）に移り住むことになります。天皇は遊猟を理由に彼女のもとへ通い続けましたが、皇后の諫めによって、その頻度は減ったとされています。

允恭天皇の宮について

允恭天皇の宮については、『古事記』と『日本書紀』で記述が異なっています。『古事記』には、遠飛鳥宮（とおつあすかのみや）に遷都したとの記述がありますが、『日本書紀』にはその記述がありません。そのため、『日本書紀』では反正天皇の宮であった河内の丹比柴籬宮（たじひのしばかきのみや、現在の大阪府松原市）を使用していた可能性も指摘されています。遠飛鳥宮の所在地については、大和（現在の奈良県高市郡明日香村）とする説と、河内（現在の大阪府羽曳野市など）とする説があり、議論が続いています。茅渟宮は、後に河内から分割された和泉の日根郡上之郷に比定されており、允恭天皇の宮がどこにあったとしても、藤原宮よりも距離が離れていたことは確かです。

玉津島姫との同一視と和歌三神

衣通姫は、紀伊で信仰されていた玉津島姫と同一視されることもあり、和歌三神の一柱として祀られています。現在、和歌山県和歌山市にある玉津島神社には、稚日女尊、神功皇后とともに合祀されています。

このように、衣通姫は、その美貌と悲劇的な運命、そして和歌の才能によって、古代から現代に至るまで、多くの人々に語り継がれる存在です。彼女の物語は、日本の古代史を彩る、重要な要素の一つと言えるでしょう。

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