襟川陽一

襟川 陽一（えりかわ よういち、1950年10月26日生まれ）氏は、日本の実業家であり、ゲームクリエイターとしても著名です。ゲーム業界では、「シブサワ・コウ」というペンネームで広く知られています。現在の役職は、ゲームソフト開発大手である株式会社コーエーテクモホールディングスの代表取締役社長です。栃木県足利市の出身で、妻である襟川恵子氏は同社の会長を務めており、まさに二人三脚で会社を牽引しています。

経歴と事業の立ち上げ

栃木県立足利高等学校を経て、慶應義塾大学商学部を卒業。商社での勤務経験後、実家の染料販売会社に入社しましたが、その直後に家業が倒産するという厳しい現実に直面します。この経験を乗り越え、家業の再興を目指す形で、1978年7月25日に足利市にて染料や工業薬品を取り扱う問屋として株式会社光栄を創業しました。足利は古くから繊維産業が盛んな街でしたが、創業当時はすでに斜陽化しており、当初から経営は決して順調ではありませんでした。

パソコンとの出会いとゲーム事業への転換

そんな折、書店で偶然手にしたパソコン雑誌から、やがて到来するであろうOA（オフィスオートメーション）時代の大きな波を予感します。その予感を察した妻の恵子氏は、1980年10月26日、襟川氏の30歳の誕生日にシャープ製パソコンMZ-80Cを贈りました。これが、襟川氏がコンピューターの世界に深く踏み込む決定的な契機となります。仕事の傍らでプログラミング技術を独学で習得し、ソフトウェア開発へと情熱を傾けていきます。社内には「光栄マイコンシステム」というソフトウェア開発部門を新設し、同年12月からはパソコン本体の販売や業務用特注ソフトの開発も開始しました。この創業初期から、経営は妻と共に歩む二人三脚体制であり、事業所も妻の実家の軒先を借りてスタートするという、文字通りゼロからの船出でした。

ゲーム開発の黎明期と『信長の野望』

1981年10月、初めて自社開発したゲーム作品『シミュレーションウォーゲーム 川中島の合戦』をカセットテープメディアでリリース。この作品は、それまで主力であった染料販売の年商を大きく上回る売上を記録しました。同時期に発売された『投資ゲーム』、翌年リリースの『地底探検』『コンバット』『ノルマンディー上陸作戦』といった初期の作品群は、その特徴的なパッケージデザインから「光栄の赤箱シリーズ」と呼ばれ、人気を博しました。この頃はビジネスソフトやアダルトゲームの開発も手掛けており、これらの初期タイトルは全て襟川氏自身がプログラミングを担当しています。

大きな転機となったのは、1983年3月30日に発売された歴史シミュレーションゲーム『信長の野望』です。この作品が記録的な大ヒットとなったことを機に、光栄はソフトウェア開発専業メーカーへと事業を転換しました。これ以降、襟川氏は会社経営とゲーム開発という二つの役割を担い、以後40年以上にわたり、同社が手掛けるゲーム作品のほぼ全てにおいてプロデューサーとして深く関与しています。また、1994年にはシミュレーションやゲーミングの研究など、科学技術の融合を推進する公益財団法人科学技術融合振興財団（FOST）を設立し、現在まで理事長を務めています。

経営の変遷と現代の経営者像

1999年、社長の座を妻である恵子氏に譲り、自身は会長に就任。その後、自身の健康上の理由から2001年には最高顧問となり、経営の第一線からは一時退いてゲーム制作に専念する道を選びます。しかし、2009年にコーエーとテクモが経営統合し、コーエーテクモホールディングスが設立されると、翌年には同社の社長として再び経営のトップに立ちました。ゲームクリエイターが経営の指揮を執ることはゲーム業界の黎明期には比較的見られましたが、2020年代に入ってもその立場を維持し続けている人物は極めて少なく、襟川氏はその稀有な存在の一人として挙げられます。経営復帰後は、『信長の野望』や『三國志』といった主力IP（知的財産）を軸とした戦略的な経営を展開しています。

同社では「創造と貢献」を社訓に掲げ、襟川氏自身もプロデュースする各ゲームにおいて常に新しい試みを取り入れることを重視しています。FOSTをはじめとする関連団体を通じた研究助成や普及活動にも積極的に取り組んでいます。一方で、新しいクリエーターの起業支援に関しては、「手が回らない」として現時点では消極的な姿勢を示しています。

襟川陽一氏を形作る要素

妻・恵子氏との絆

妻の恵子氏との出会いは、襟川氏が慶應義塾大学への進学を機に横浜で始めた下宿生活に遡ります。その下宿先の大家の娘が恵子氏でした。出会いや結婚に至る経緯については、夫妻の間でユニークな見解の違いがあり、恵子氏は「夫がいつも家の前で待っていたから」、襟川氏は「釣り糸に引っかかり、『結婚しないと死ぬ』と言われたから人命救助で」と語るなど、ユーモラスなエピソードが伝えられています。学生時代には恵子氏がアルバイトの襟川氏を使う関係性であり、光栄創業後は恵子氏が専務として支え、現在のコーエーテクモホールディングスでは恵子氏が会長、襟川氏が社長と、席次が恵子氏の方が上という関係性が続いています。パソコンのプレゼントをはじめ、襟川氏の事業の歩みはまさに恵子氏との二人三脚であり、自著でも妻への深い感謝の念を記しています。恵子氏から贈られた最初のパソコンは、現在もコーエーテクモの社長室に大切に保管されています。

歴史への深い造詣とゲーム愛

手掛けるゲームに歴史を題材にした作品が多いのは、襟川氏自身の歴史好きに起因しています。史跡が多く残る足利で育った影響もあるでしょう。学校の歴史の勉強はあまり好きではなかったそうですが、歴史小説を読むことは断然好きだったと言います。歴史の面白さについて、時代や場所が違えども人間の本質が変わらない部分の発見や、先人の人生から自身の生き方の参考になる点を挙げています。

また、現役のゲームクリエイターであると同時に、根っからのゲーマーでもあり、現在も自社他社問わず様々なゲームをプレイしています。毎朝出社前、そして夜中も晩酌をしながら寝るまでゲームに没頭するという、熱烈なゲーマーとしての顔も持ち合わせています。

仕事上の信条

1990年に社団法人ニュービジネス協議会のアントレプレナー大賞を受賞した際、仕事上の信条として以下の3点を挙げており、講演などでも繰り返し言及しています。

好きなことを一生懸命行う: 好きであれば努力を続けられ、冷静な判断力があれば趣味と仕事は両立できる。
伸びていく業界で思いきり仕事をする: どうせ働くなら、成長産業であるゲーム業界のような場所を選んだ方がやりがいがある（染料業からゲーム業への転換で実感）。
* 幸せな家庭を築く: 家族の存在は、仕事をする上での精神的・体力的な大きな支えとなる。

これらの信条は、襟川氏の事業家・クリエイターとしての成功を支える哲学となっています。

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