西光万吉

西光万吉とは

西光万吉（本名：清原一隆、1895年 - 1970年）は、日本の戦前期から戦後にかけて活動した社会運動家、著述家です。特に、日本の部落解放運動において極めて重要な役割を果たした全国水平社の創立メンバーとして知られています。

出自から水平社設立へ

現在の奈良県御所市にあたる地域の、被差別部落に位置する浄土真宗の寺院、西光寺の長男として生まれた万吉は、幼少期から厳しい差別に直面しました。この体験は彼の感受性の強い時期に深い影響を与え、学校を転々としたり、故郷を離れて画家を目指したりするなど、自身の出自をめぐる苦悩を抱えながら青年期を過ごしました。

やがて彼は社会情勢への関心を深め、当時の米騒動に触発される形で社会変革運動へと傾倒していきます。故郷の盟友である阪本清一郎や駒井喜作らと共に青年運動を開始。社会活動家との交流も積極的に行いましたが、その動機の一つには「当時の社会主義者は被差別部落の人々を差別しないだろう」という素朴な思いがあったといいます。また、佐野学が発表した『特殊部落民解放論』から強い影響を受け、これが後に全国水平社を創設する上で重要な思想的基盤となりました。

1922年3月3日、万吉は阪本清一郎らと共に京都の岡崎公会堂で、全国水平社の創立大会を成功させました。彼は、被差別部落の人々が自らの尊厳を掲げ、差別からの解放を目指す運動の理念を凝縮した水平社宣言を起草。さらに、水平運動のシンボルとなる水平社旗のデザインも手がけるなど、運動の立ち上げにおいて中心的な役割を果たしました。これは、日本の近代社会運動史において画期的な一歩となりました。

政治活動と思想の変遷

水平社での活動と並行して、万吉は労働農民党や第二次共産党といった左派系の政治運動にも参加しました。しかし、1928年に起きた三・一五事件で検挙され、投獄されます。獄中で思想転向を強く迫られた結果、彼は転向を表明し、仮出獄を果たします。この出来事を境に、彼の思想は大きく変化し、初期の解放運動の理念とは異なる方向、すなわち国粋主義へと傾斜していきました。

転向後の万吉は、皇国農民同盟などの極右団体を指導する側に回ります。国家主義の立場から社会改革を目指し、盟友の阪本清一郎と共に大日本国家社会党に入党。天皇制の下で全ての国民が平等であるとする「一君万民」の思想に基づき、部落意識の解消を図る「新生運動」を展開するなど、初期の水平社運動とは全く異なる思想のもとでの活動を続けました。

戦後の活動と晩年

第二次世界大戦終結後、万吉の活動は再び方向転換します。彼は日本の再軍備化に反対の立場をとり、戦地や貧困地域に非武装の奉仕集団「和栄隊」を派遣するという「不戦和栄」の思想を提唱しました。また、原水爆禁止運動にも参加するなど、平和運動を含む社会運動には関与し続けましたが、かつて情熱を燃やした部落問題そのものに直接関わることはありませんでした。

晩年は和歌山県那賀郡打田町（現：紀の川市）に居を構え、静かに過ごしました。青年期に抱いた画家の夢を再び追い、多くの作品を残しています。1970年3月20日、74歳でその生涯を終えました。彼の晩年を過ごした地には、その思想を示す「不戦和栄の碑」が建てられています。

後世における評価

西光万吉の生涯は、特に水平社創立における功績、とりわけ歴史に残る水平社宣言を起草した人物として高く評価される一方で、三・一五事件以降の思想転向や国家主義への関与といった複雑な経歴については、今日まで様々な議論の対象となっています。彼は生前に自らの半生を公に振り返る機会をほとんど持たなかったため、その内面の葛藤や思想の変化の背景は、研究者や関係者によって探求され続けています。彼の生涯は、日本の近代における差別の問題、社会運動、そして激動の時代の思想の変遷を考える上で、重要な一例を提供しています。また、彼は国際語であるエスペラントにも晩年まで関心を寄せ続けるなど、多面的な人物像を持っていました。大阪人権博物館には、彼の功績を記念する一室が設けられています。

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