規矩術

規矩術（きくじゅつ）は、木造建築における伝統的な加工技術であり、特に部材の接合部分や形状を正確に作り出すために用いられます。この技術は、「規（ぶんまわし）」と呼ばれるコンパスと、「矩（かね、さしがね）」と呼ばれる曲尺や定規を基盤としています。これらの道具を使い、木材を精密に加工することで、建物の強度と美しさを両立させます。

歴史的背景

規矩術の起源は古代に遡ると考えられていますが、初期の段階では、経験や言い伝えに基づいた職人たちの秘伝とされていました。しかし、江戸時代に入ると、和算をはじめとする他の学術分野と同様に、規矩術も理論化が進みました。特に、江戸幕府の大棟梁であった平内延臣（1791-1856）によって、その技術体系が大きく発展し、大成を遂げました。

技術の特徴

規矩術は、単に部材を加工する技術にとどまらず、部材の寸法や比率、さらには間取りや高さの決定にも応用される、総合的な技術です。木造建築では、部材が縦（垂直）、横（水平）、斜めに複雑に組み合わさりますが、規矩術を用いることで、曲尺一本でこれらの接合部を巧みに作り上げることが可能になります。この技術は、高度に洗練されており、数学的な三角関数や微積分、平方根といった概念も応用されています。

規矩術によって、近世以前の寺社や城、邸宅などで見られる美しい曲線美、例えば屋根の反りや放射状に展開する垂木などが実現しました。これらの美しい意匠は、熟練した職人の手によってのみ実現可能なものであり、規矩術の習得には長年の修行と経験が必要です。

現代における課題

現代の木造建築においては、伝統的な木造軸組工法（在来工法）において、十分に規矩術を習得した職人が減少傾向にあります。その背景には、技術習得の困難さや、2x4工法などの簡便な工法の普及があります。現代の住宅市場では、技術習得に時間を要する在来工法は敬遠されがちであり、その結果、規矩術の技術が失われつつあるという課題が指摘されています。

このような状況の中、本来の規矩術は、その技術を必要とする寺社建築の建造や文化財の修復を手掛ける宮大工によって受け継がれています。これらの職人たちは、伝統的な技術を守りながら、現代にもその美しさを伝えています。

参考文献

* 山本潔『日本における職場の技術・労働史 1854~1990年』東京大学出版会、1994年3月。ISBN 978-4130560429。

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