誄

誄（しのびごと）―古代日本の弔辞と王権

古代日本において、誄（しのびごと）とは、高貴な人物の死を悼み、その生涯と功績を称える弔辞でした。現代でいう弔辞と類似していますが、単なる追悼の言葉を超え、古代社会における政治的・宗教的側面を深く反映した重要な儀式でした。誄は「るいじ」とも呼ばれ、天皇（大王）の死には殯宮で、功臣の死には棺前で奏上されました。

誄の起源と内容

「しのぶ」とは異なる意味を持つ「偲ふ（しのぶ）」は「賞美する」「慕う」という意味を持ち、誄は寿詞（よごと）に通じる性格を持っていました。『日本書紀』には敏達天皇崩御の際に誄が奏上された最古の記録が残されています。初期の誄は、単なる追悼の辞というよりも、故人の生涯や功績を語る伝記的な要素が強く、皇位継承や氏族の奉仕といった歴史的背景にも触れていました。豪族から一般民衆まで、様々な階層の人々が誄を奏上したことが記録に残されています。天皇の場合、誄詞奏上と同時に和風諡号（おくりな）が贈られました。

功臣への誄と民間での行われ

功臣への誄の例として、『続日本紀』には、天平神護2年（766年）に称徳天皇が藤原鎌足と藤原不比等に「しのひことのふみ」を与えた記録があります。これは、彼らへの追悼と同時に、当時の政治状況も反映した重要な史料です。また、646年の大化の改新における薄葬令にも誄に関する記述があり、誄が一般民衆の間でも行われていたことがわかります。

発哀の儀式と誄

誄は、発哀（ねつか）の儀式と密接に関連していました。発哀とは、故人の死を悼んで泣き悲しむ儀式で、『日本書紀』には、菟道稚郎子の自死の際に仁徳天皇が行ったのが最初と記されています。その後、斉明天皇や天武天皇の崩御の際にも大規模な発哀が行われ、百官が参加して悲しみを表現しました。天武天皇の葬儀では、発哀の後に誄が奏上され、その内容は長く詳細に記されています。このことから、発哀と誄は、古代日本の王権を象徴し、強化する役割を担っていたことがわかります。誄の奏上は、単なる弔いの言葉ではなく、権威を示す重要な儀式だったと言えるでしょう。

誄の終焉

しかし、『続日本後紀』によると、嵯峨天皇の時代には、豪華な葬儀を批判し、薄葬を推奨する遺詔が出されました。これ以降、誄の奏上は行われなくなり、誄の伝統は終焉を迎えます。

まとめ

誄は、古代日本の葬送儀礼において重要な役割を果たした弔辞でした。単なる追悼の言葉ではなく、政治的・宗教的側面も持ち、王権の強化にも寄与していました。その歴史的変遷を知ることは、古代日本の社会構造や思想を理解する上で重要な手がかりとなります。発哀という儀式と密接に結びつき、時代とともにその様式や意味合いを変えながら、古代日本の歴史に深く刻まれた弔いの文化の一端を垣間見ることができます。誄の研究は、古代日本の政治、宗教、社会構造を多角的に理解する上で不可欠な要素です。 今後の研究においては、既存の史料の更なる精緻な分析に加え、関連する民俗学的知見との比較検討も重要となるでしょう。

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