菟道稚郎子

菟道稚郎子（うじのわきいらつこ）

菟道稚郎子（うじのわきいらつこ/うぢのわきいらつこ）は、生年不詳ながら、古代日本の皇族として『古事記』や『日本書紀』にその名が記されています。第15代応神天皇の皇子であり、第16代仁徳天皇の異母弟にあたります。

概要

菟道稚郎子は、その名に「菟道」とあるように、山城国宇治（現在の京都府宇治市）との関わりが深い人物です。宇治に「菟道宮」を営んだとされ、その墓も宇治に伝えられています。『古事記』や『日本書紀』など多くの史書にその記述があり、父である応神天皇の寵愛を受け皇太子に立てられたものの、異母兄である大鷦鷯尊（おおさざきのみこと：仁徳天皇）に皇位を譲るために自害したという美談が知られています。しかし、この説話は『日本書紀』にのみ記載されており、『古事記』では単に夭折したと記されています。

菟道稚郎子に関する記述には多くの特異性が見られ、『播磨国[[風土記]]』には彼を指すとされる「宇治天皇」という表現も存在します。これらの記述を巡って、「天皇即位説」や「仁徳天皇による謀殺説」など、様々な説が提唱されています。

名称

菟道稚郎子の表記は、文書によって異なります。主な表記は以下の通りです。

宇遅能和紀郎子 - 『古事記』
菟道稚郎子皇子 - 『日本書紀』
宇治若郎子 - 『山城国風土記』逸文
宇治稚郎 - 『日本後紀』
菟道稚郎子 - 『日本後紀』逸文
宇治稚彦皇子 - 『続日本後紀』
兎道稚郎皇子 - 『先代旧事本紀』「天孫本紀」
兎遅稚郎子 - 『先代旧事本紀』「天孫本紀」
* 菟道稚郎皇子 - 『延喜式』諸陵寮

本稿では、「菟道稚郎子」の表記に統一して解説します。

「ウジ」について

名前の「ウジ・ウヂ（菟道/宇遅）」は、京都府南部の地名「宇治」と深く関係しています。「宇治」の地名は、古くは「宇遅」「莵道」「兎道」などと表記されていましたが、平安時代に「宇治」に定着したとされています。『古事記』には、母である宮主矢河枝比売が木幡村（現在の京都府宇治市木幡）に住んでいたと記されており、菟道稚郎子と宇治との関わりが示唆されています。現在も宇治市内には「菟道」という地名が残っていますが、読みは「とどう」です。

地名「宇治」の由来については、『山城国風土記』逸文で、菟道稚郎子の宮が営まれたことが由来とされています。しかし、『日本書紀』には「菟道河（宇治川）」の記述がそれ以前から存在するため、この説は誤りであると考えられています。むしろ、菟道稚郎子の側が地名を冠したものと見るのが妥当でしょう。

現在では、宇治の地理的な特性や、宇治を中心とした地方権力の影響が「宇治」の由来と考えられています。宇治はヤマト王権の最北端に位置し、影響を受けにくい場所であったこと、菟道稚郎子の説話や「宇治天皇」という表現からも、宇治に独自の政治権力が存在した可能性が推測されています。

「イラツコ」について

「イラツコ（郎子）」は、名前に付される敬称です。史書には「郎女（いらつめ/いらつひめ）」が頻出するのに対し、「郎子」の使用例は少なく、特に『古事記』では菟道稚郎子を含めて4名しか確認されていません。これは、一般的に使われる「命（みこと）」や「王（おう/みこ/おおきみ）」とは異なる特異な点です。愛称とする説や「郎女」の対とする説がありますが、「郎女」が皇女に多く用いられることから、「郎子」も皇子を指すものとする見方が有力です。

なお、「郎子」の前の「ワキ」は「若（わか）」が転訛したものとされています。

系譜

『古事記』と『日本書紀』によれば、菟道稚郎子は応神天皇と和珥氏（丸邇氏）の日触使主（ひふれのおみ）の娘である宮主宅媛（みやぬしやかひめ）の間に生まれた皇子です。同母妹には、矢田皇女（やたのひめみこ）と雌鳥皇女（めとりのひめみこ）がいます。また、応神天皇と仲姫命（なかつひめのみこと）の間に生まれた大鷦鷯尊（仁徳天皇）は異母兄にあたります。宮主宅媛の妹である小甂媛（おなべひめ）から生まれた菟道稚郎女皇女（うじのわきいらつひめのひめみこ）も、関連する人物として知られています。

『先代旧事本紀』では、母は物部氏の山無媛連（やまなしひめのむらじ）とされています。また、菟道稚郎子の御名代の部と関係が深い宇治部氏や宇治氏は、物部氏一族とされています。このことから、『古事記』や『日本書紀』の記述は誤りである可能性も指摘されています。

記録

日本書紀

『日本書紀』には、菟道稚郎子が百済から来た阿直岐と王仁を師として典籍を学び、父である応神天皇の寵愛を受けたことが記されています。また、高句麗からの上表文に非礼があった際には、これを指摘し破り捨てたという逸話も残っています。応神天皇40年に皇太子となりますが、翌年に応神天皇が崩御した後、大鷦鷯尊と皇位を譲り合いました。この譲り合いが長引いたため、最終的には自害したと記されています。

古事記

『古事記』では、応神天皇が木幡村に住む宮主矢河枝比売と出会い、菟道稚郎子が生まれるまでが描写されています。大山守皇子の遺骸に向けて詠まれた歌もほぼ同じものが収録されていますが、皇位継承については、菟道稚郎子が早世したため、大雀命（仁徳天皇）が即位したと記されている点が異なります。

風土記

『山城国風土記』逸文には、菟道稚郎子が住んだ宮は「桐原日桁宮」と記載されており、「宇治」の地名はこの宮が営まれたことが由来であるとされています。また、『播磨国[[風土記]]』には「宇治天皇の世」という記述があり、菟道稚郎子が天皇であった可能性も示唆されています。

万葉集

『万葉集』には、菟道稚郎子を悼む挽歌が収録されています。この歌の「古人」とは、菟道稚郎子を指すとされています。

その他

その他にも、『日本後紀』『続日本後紀』『先代旧事本紀』『延喜式』など、多くの史書に菟道稚郎子に関する記述が見られます。

宮

菟道稚郎子は、菟道宮（うじのみや）または桐原日桁宮（きりはらのひげたのみや）に住んでいたとされ、その場所は現在の宇治上神社または宇治神社に比定されています。両社は、かつては「宇治離宮明神」として一社であり、明治時代に分かれました。

墓

菟道稚郎子の墓は、宮内庁により宇治市莵道丸山にある宇治墓（丸山古墳）に治定されています。また、『日本書紀』には菟道山上に葬られたと記載されています。

『続日本後紀』には、菟道稚郎子が遺言で散骨されたという伝承が見られます。

『延喜式』には、宇治墓は東西12町・南北12町の広大な領域を持つと記載されており、これは仁徳天皇陵よりも広いものとなっています。この広さから、菟道稚郎子の重要性が窺えます。

江戸時代には墓の所在が不明となっていましたが、享保18年に朝日山山頂が墓所とされ墓碑が建立されました。現在の丸山古墳に治定されたのは明治22年のことです。

丸山古墳の近くには、賀陽豊年の陪塚が定められています。賀陽豊年は、菟道稚郎子の話に感動して「地下の臣」になることを望んだ人物として知られています。

考証

菟道稚郎子の人物描写には、儒教的な色彩が強く、また、母が和珥氏出身であること、「郎子」という特殊な呼称など、多くの特異性が見られます。これらの点を踏まえ、菟道稚郎子は仁徳天皇によって攻め滅ぼされたとする説や、和珥氏と葛城氏の争いの背景があったとする説が提唱されています。また、菟道稚郎子の物語は和珥氏の伝承が由来であり、和珥氏の要請によって記述されたとする見方もあります。

即位説

菟道稚郎子が天皇として即位していたとする説も存在します。『古事記』には「郎子」が皇位継承者の「命」とは異なる用法である一方、天皇として即位していた扱いの表現も見られることから、記紀に記されなかった史実を指摘する研究も存在します。

宇治部

菟道稚郎子の御名代の部としては、宇治部（うじべ）が知られています。宇治部氏は、饒速日命の後裔と伝えられていますが、菟道稚郎子との関係については確証が得られていません。

まとめ

菟道稚郎子は、古代日本の皇族であり、その生涯は多くの謎に包まれています。宇治との深い関わり、皇位を巡る美談、そして様々な解釈を生んだ記述など、多くの興味深い側面を持つ人物です。彼の存在は、古代日本の歴史を読み解く上で重要な鍵となるでしょう。

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