誕生殿

誕生殿（たんじょうでん、マンミシ）

古代エジプトの宗教建築において、より主要な神殿複合体の一部として付属する小規模な聖堂を「誕生殿（たんじょうでん）」、あるいは「マンミシ（Mammisi, Mamisi）」と呼びます。この建築物は、特に神の誕生や、神と王との関係性を示す重要な役割を担いました。

「マンミシ」という名称は、コプト語で「誕生の場所」や「誕生の家」を意味する言葉に由来しています。この用語を古代エジプトの建築物に適用したのは、19世紀のフランスの言語学者であり、エジプト学の父として知られるジャン＝フランソワ・シャンポリオンです。

誕生殿の中心的な機能の一つは、神聖な王権の正統性を示すことにありました。古代エジプトにおいて、ファラオはしばしば最高神の息子や代理人として位置づけられました。誕生殿は、このような神と王の結びつき、特に王が神の子として生まれるという神話的な誕生の出来事を象徴的に表現する場でした。この概念は、エジプト新王国時代の主要な神殿に設けられていた「誕生の間」と呼ばれる特別な空間の機能とも関連が指摘されています。

誕生殿が神殿複合体に配置されるようになったのは、エジプトの末期王朝時代からと考えられています。しかし、現在まで良好な状態で残存し、重要な例とされているのは、主にプトレマイオス朝時代およびローマ時代に建てられたものです。これらの時代の誕生殿は、比較的保存状態が良く、当時の建築様式や信仰の一端を現代に伝えています。

これらの誕生殿の外観には、特徴的な建築意匠が見られます。特に、外壁を囲むように巡らされた列柱廊が挙げられます。これらの列柱の間には壁が設けられており、これを「柱間壁」と呼びます。柱間壁には、誕生殿の機能や祭儀に関連する豊かなレリーフ彫刻が施されていることが一般的です。

現存する誕生殿の中で最も保存状態が良い例の一つとして挙げられるのが、デンデラ神殿複合体にあるローマ時代の誕生殿です。デンデラには、これとは別にプトレマイオス朝時代の誕生殿も残されています。これら以外にも、エドフ神殿、コム・オンボ神殿、フィラエ神殿、アルマント神殿など、各地の主要な神殿複合体に誕生殿の遺構を見ることができます。

誕生殿は、古代エジプトの宗教思想や王権思想を理解する上で、その建築様式や内部に描かれた図像が重要な手がかりを与えてくれる、価値ある建築物と言えるでしょう。

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