謝肉祭 (シューマン)

ロベルト・シューマン『謝肉祭』作品9

『謝肉祭』（Carnaval）作品9は、ドイツの作曲家ロベルト・シューマンが1834年から1835年にかけて作曲したピアノ曲集です。シューマンの初期の傑作として知られ、『子供の情景』作品15や『クライスレリアーナ』作品16と並ぶ、彼の代表的なピアノ曲の一つです。全20曲から構成されています。

作品の背景と特徴

この作品には「4つの音符による面白い情景」（Scènes mignonnes sur quatre notes）という副題が付けられています。曲の構成には、シューマンが恋心を抱いていたエルネスティーネ・フォン・フリッケンの出身地、アッシュ（Aš）のドイツ語表記「ASCH」を音名で表した、《 As - C - H 》（ラ♭ - ド - シ）と、《 A - Es - C - H 》（ラ - ミ♭ - ド - シ）の音列が用いられています。「前口上」と「ショパン」を除く全ての曲で、これらの音列のいずれかが使用されています。

シューマンの名前にも偶然「ASCH」の文字が含まれています。後に作曲された『色とりどりの小品』作品99や『アルバムの綴り』作品124にも同様の動機が見られ、これらの作品も『謝肉祭』と関連があると考えられます。これらの音名による「暗号」は、演奏されない「スフィンクス」という曲で示されています。

各曲のタイトルはフランス語で、シューマンの評論に登場する架空の団体「ダヴィッド同盟」の構成員（フロレスタンとオイゼビウス）や、実在の音楽家（ショパン、パガニーニ）、後にシューマンの妻となるクララなどが登場します。

クララはこの作品を繰り返し演奏しましたが、多くは私的な場での演奏であり、「大衆の前で演奏するには向かない」と考えていたようです。フランツ・リストはこの作品を高く評価し、1840年にシューマンの許可を得て、短縮版を公開演奏しました。

多彩な編曲と影響

『謝肉祭』は、その多彩な響きから、多くの管弦楽編曲が行われています。1902年にはアントン・ルビンシテイン記念演奏会のために、アレクサンドル・グラズノフらロシアの作曲家が編曲したバージョンが作られました。この編曲版はバレエ・リュスによって1910年に舞台化されています。1914年には、ヴァーツラフ・ニジンスキーの依頼でモーリス・ラヴェルが全曲を編曲しましたが、現存するのは4曲のみです。

出版と献呈

『謝肉祭』は、複数の出版社との交渉を経て、1837年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社とパリのモーリス・シュレジンガー社から出版されました。パリ版は短縮されています。ポーランドのヴァイオリニスト・作曲家、カロル・リピンスキに献呈されました。

演奏時間と曲の構成

演奏時間は約24分です。

以下に各曲の構成を示します。

1. 前口上 (Préambule):
変イ長調、3/4拍子。堂々とした主題と、不安を煽る中間部から成る。
2. ピエロ (Pierrot):
変ホ長調、2/4拍子。コンメディア・デッラルテの登場人物の一人。
3. 道化役者 (Arlequin):
変ロ長調、3/4拍子。
4. 高貴なワルツ (Valse noble):
変ロ長調、3/4拍子。
5. オイゼビウス (Eusebius):
変ホ長調、2/4拍子。シューマンの分身ともいえる人物。
6. フロレスタン (Florestan):
ト短調、3/4拍子。同じくシューマンの分身で、『パピヨン』作品2の引用がある。
7. コケット (Coquette):
変ロ長調、3/4拍子。
8. 返事 (Réplique):
ト短調、3/4拍子。「コケット」への返事。「Es-C-H-A」の動機が潜む。
9. スフィンクス (Sphinxes):
《 Es - C - H - A 》《 As - C - H 》《 A - Es - C - H 》の音を長く伸ばす指示があるが、演奏されない。
10. 蝶々 (Papillons):
変ロ長調、2/4拍子。「A-Es-C-H」の動機が中心。
11. A.S.C.H. - S.C.H.A. (躍る文字) (Lettres dansantes):
変ホ長調、3/4拍子。
12. キアリーナ (Chiarina):
ハ短調、3/4拍子。クララの愛称。
13. ショパン (Chopin):
変イ長調、6/4拍子。夜想曲風。
14. エストレラ (Estrella):
ヘ短調、3/4拍子。エルネスティーネを指す。
15. 回り逢い (Reconnaissance):
変イ長調、2/4拍子。
16. パンタロンとコロンビーヌ (Pantalon et Colombine):
ヘ短調、2/4拍子。コンメディア・デッラルテの登場人物。
17. ワルツ・アルマンド (Valse allemande):
変イ長調、3/4拍子。クララの「ロマンティックなワルツ」作品4の引用がある。
18. 間奏曲 (Paganini.):
ヘ短調、2/4拍子。「ワルツ・アルマンド」の中間部で、パガニーニを模倣した曲。
19. 告白 (Aveu):
ヘ短調、2/4拍子。
20. プロムナード (Promenade):
変ニ長調、3/4拍子。
21. 休憩 (Pause):
変イ長調、3/4拍子。「前口上」の再現。
22. フィリシテ人と闘う「ダヴィッド同盟」の行進 (Marche des "Davidsbündler" contre les Philistins):
変イ長調、3/4拍子。「フィリシテ人」は音楽上の「俗物」を指す。民謡「おじいさんの踊り」が引用される。

『謝肉祭』は、シューマンの創造性と音楽的な才能が結実した作品であり、聴く者を魅了し続けています。

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